ヘタレ投資家ヘタレイヤンの読書録

個人投資家目線の読書録

私が間違っているかもしれない

ビョルン・ナッティコ・リンデブラッド キャロライン・バンクラー ナビッドモディリ 訳・児島修 サンマーク出版 2025.7.20
読書日:2025.3.18

スウェーデンのエリート経済人が仕事を辞め、タイで仏教の僧になり、17年間の修行の末に還俗し、求められるままに、修行で得たことを話した本。

1983年に23歳でストックホルム商科大学を出たビョルンは国際的なガス器具会社AGA社に勤め、3年後の1986年の26歳にはスペイン支社のCFOにまでスピード出世する。しかし仕事にまったく興味を持てず、朝、瞑想しているときに、仕事を辞めるべきだという強い衝動を覚え、その日のうちに辞表を提出する。その後、数年間ふらふら世界のあちこちで過ごした後、タイの森林派の僧院に入るのである。1992年1月のことである。

タイでナッティコ(知恵の中で成長する者)という名前をもらい、7年間修行したあと、イギリスの僧院に移り、そこでも7年間過ごし、その後スイスの僧院に移り、2008年に僧をやめるべきだという衝動を受け、始めたときと同じように辞めたのである。

しかし、スウェーデンに帰ったあと、どうやって普通の人の生活をするか分からずに、1年間なにもせずに過ごすうちにうつ病を発症してしまう。ここがちょっと面白いところだ。僧院で修行した人は精神のコントロールのプロだと思っていたが、そういう人でも、社会の厳しい現実の直面し自分の存在意義について疑問を生じるような状況にあると、うつ病になるのだ。

ところが、彼のことをスウェーデンのテレビ局が興味をもって、インタビューの放送をしたら、それが反響を呼んで、彼は人気講師になるのである。

そのように忙しく過ごしているうちに、ALS(筋萎縮性側索硬化症)にかかって、その後本書を出版したあと、2022年に亡くなっている。

では、彼は仏教の僧院で何を学んだのだろうか。

簡単にいうと、すべてを手放すことによって自由になる、ということのようだ。それは物質もそうだし、自分の精神的な信念すらもそうなのだ。そして、全てものは常に変化し、同じものはないから、いまを受け入れるということでもある。

タイの僧院で、イギリス人僧院長のアジャーン・ジャヤサロがこういったのだそうだ。「今度、誰かと衝突しそうになって心に葛藤が芽生えたら、この呪文を3回唱えなさい」と。その呪文は、

――私が間違っているかもしれない。
――私が間違っているかもしれない。
――私が間違っているかもしれない。

というもの。ビョルンは20年以上経ってもそのときのことを鮮明に思い出すという。自分が正しいはずだという信念は間違っているのだ。

わしが印象に残ったエピソードは、ビョルンがフェリーで旅をする話かな。

森林派はお金を持ってはいけない、ということになっているのだそうだ。そして、物乞いもしてはいけない。たとえ、空腹になっても自分から求めてはいけないのだ。なので、フェリーのチケットを買うお金はなかったが、誰かにねだることもできなかった。そこで彼は、フェリーのチケット売り場にただ立って、どうなるかみてみたのだという。

2時間立って、ある人がどうしたのかと聞いてきた。ビョルンは、立っているのです、と答える。そうしたところ、その人は、ビョルンがチケットを必要としていることを察して、往復のフェリーのチケットを買って喜捨してくれたのだそうだ。

僧の時代はこういうことがよく起こっていて、本当になにも所有する必要はなかったようだ。このような生活を長年していたのだから、還俗すると、心が対応できず、うつになってしまったようだ。

心が楽になるには、なにも所有しないことのようですよ。資本家にはちょっと無理な話かもしれませんが(笑)。

★★★★☆

にほんブログ村 投資ブログへ
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ