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女二人のニューギニア

有吉佐和子 河出書房 2023.1.10(初出版 朝日新聞社 1969.1)
読書日:2026.3.4

文化人類学者の畑中幸子の誘いに応じて、1968年、ニューギニアの未開地ヨリアピを1ヶ月訪問したエッセイ。

なんかこの作品、河出書房が再文庫化したら、すごく評判らしいので、つい読んでしまいました。しかし、1960年代のニューギニアと聞いてちょっとびっくり。

わしがこのころのニューギニアについて知っていることは、「銃・病原菌・鉄」のジャレド・ダイアモンドなどの文化人類学の本で語られていることに限られるんですが、これはそうとう厳しいですね。(ジャレド・ダイアモンドはニューギニアで鳥類学者として、のちには文化人類学者としてたびたび訪れている。)

当時のニューギニアは本当に未開で、しかも地形が深い谷に分断されていて、部族も地形そのままに分断されていて、それぞれの部族ごとに言葉や風習が違っていて、ニューギニアには1000以上の言語があると言われているくらいです。お隣の部族間でもまったく言葉が通じない。しかも、部族間の抗争についても、本当の殺し合いですからね。

まあ、こんな状況だからこそ、文化人類学者が手つかずの原始社会として喜んででかけていったのですが、しかし、こんなところに有吉佐和子が行ったというのは、本当に驚きです。海岸の大きな町に行ったわけではなくて、本当に畑中幸子の研究対象の部族まで一緒にいったのだから。

まあ、この旅は目的地のヨリアピになんとかたどり着くところまでで、すでに終わっている気もします。険しい山道を三日間、歩いて力尽きて、丸太に豚のようにぶら下げられながら、運ばれて、ようやく着いたら、足の爪が剥がれてしまって帰るに帰れず、とはいえ現地ではなんの役にも立たず、ほぼ余った布でパンツを縫っていただけですからね。

まあ、いろいろ文句をいいながら、普通に現地に馴染んでしまっているのが面白いといえば面白い。

一番、興味深かったのは、有吉佐和子が縫ったパンツを現地人にあげると、その人は自分が偉くなったように思って、増長する部分ですかね。人間ってパンツ1枚で偉くなったと思うんだね。まあ、いまでも人は賞状やメダルを喜ぶんだから、人間て安上がりにできているんだね。

帰りは奇跡的に、教会関係のヘリコプターに乗れることになって、無事にあっさり帰りました。そして、日本に帰っきてから、マラリアを発症しました(笑)。

有吉佐和子はニューギニアに来たことを後悔して、どうして誰も引き止めてくれなかったのか、などと書いていますが、ニューギニアの奥地に行くということがどういうことか本当に分かっていなかったのだろうか。なんとなく分かっていたようにも思うのだけど。

そのへんはやっぱり、発想や行動がちょっと規格外で、有吉佐和子らしいといえば言えるのかも。

なお、このエッセイは小説と違って苦労せずに書けたそうです。小説と違って、ネタは豊富にあったからだとか。でも現地にいる間、メモなどはまったく取らなかったそうです。

なお、わしは有吉佐和子の小説を1冊も読んでおりません。「恍惚の人」は映画版を、「華岡青洲の妻」は演劇版を見ているだけですね。「恍惚の人」はNHKの「100分で名著」でも取り上げられていたね。(小説は読んでいないと言うのが、もはや定番化していますが、仕方ありません)

★★★☆☆

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