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ビル・ゲイツ自伝I SOURCE CODE 起動

ビル・ゲイツ 訳・山田文 早川書房 2025.12.10
読書日:2026.2.24

ビル・ゲイツが少年時代からハーバード大学在学中にマイクロソフトを創業して、マイクロプロセッサにおけるBASICの地位を確立するまでの、自伝の第一弾。

非常に興味深かった。わしのビル・ゲイツのイメージとかなり異なっている部分があったからだ。ビル・ゲイツは子供の時から単なるコンピュータオタクではなかった。

ゲイツは、幼い頃の自分のことを、いまなら自閉症スペクトラムと診断されるだろう、と言っている。

本当にそんな子供だったようだ。自分のなかに閉じこもってずっと本を読んでいるし、話すときには身体を揺する動きをするし、なにか特定のことにこだわってそれに夢中になってしまう。しかし興味のないことには全く関わらないし、人付き合いは全くしない。

とはいえ、ゲイツが自閉症スペクトラムというのは、まあ、想定内ではある。

しかし、そんな彼が普通のオタクにはありえないほどの多様な経験、そして親友との濃密な時間を過ごしているのだ。それはちょっと羨ましいくらいの濃密さだ。これは大変珍しいことではないだろうか。なのでここでは、プログラミングのことではなくて、ビル・ゲイツのそういうところを書こうと思う。

小学校のときにも、いちおう、いろいろな経験をしている。水泳、アメフト、スキー、テニスなどのスポーツだ。音楽も学校の楽団でトロンボーンを担当している。この辺は、まあ、たぶん、両親がやらせている気配が濃厚だ。ゲイツ家は外の課外活動に積極的なのだから。

こんな感じだったが、ボーイスカウトにははまったらしい。

ボーイスカウトではなにか良いことをするとポイントをくれ、集まると賞のようなものがもらえる。ここでは何をすればいいのか、どうすれば得点がもらえるのかというルールがはっきりしている。どうもそういう明瞭性が良かったらしい。

ボーイスカウトはずっと続けていて、13歳の頃から、ボーイスカウトの仲間たちと一週間くらいの長距離のトレイルにでかけるようになる。たとえば9年生のとき、シアトルの北西にあるバンクーバー島の西の海岸沿いにある、いまのウエスト・コースト・トレイルというところを歩いたりしている。そして、こういう仲間たちと一緒に行くトレイルに夢中になっている。ゲイツにこういうワイルドな側面があることは、かなり意外な一面ではないだろうか。(ところで、米国のシアトルからどうやってカナダのバンクーバー島へ行ったのかな? この頃は何の手続きも必要なかったのかもしれない)

家族の影響も大きい。祖母のガミはトランプの達人だった。ガミの家に泊まると、ガミは決まってトランプをしたという。そしてこのガミは孫相手に全く手を抜かないのだ。もちろん、ゲイツはずっと負け続けるのだが、やがて8歳の頃に、ゲームには勝つための理論があって、状況に応じてどんな手を打てば勝つ確率が高くなるかという、ゲーム理論があることに気がつく。そうしていろいろ観察していたある日、ガミに初めて勝つことができたのだという。それから5年後には必ず勝てるというところまで行ったそうだ。こうして、勝つことにこだわることと、勝つためには方法があるのだということを学んだそうだ。

母親のメアリーは自宅でサロンのようなものを開いて、いろいろな慈善活動や社会運動のようなものを繰り広げていた。その真似をして、ゲイツも友達を招いて子供版のサロンを定期的に開いて、いろいろ社会の話をしていたそうだ。男子3人、女子3人のサロンだったそうだけど、わし的にはアスペルガーのビル・ゲイツがこうして招く友達がいたということが驚きだ(笑)。どうやって誘ったんだろう。母親が手伝ったのかな?

特定のプロジェクトにはまると熱中してしまう例としては、5年生のときの州の報告書を出す課題に現れているだろう。本の中で何度もこの話を出すくらいだからよっぽど思い出深いに違いない。ゲイツは説明する州にデラウェア州を選んで、地理や歴史から主な企業まで、なんと177ページの報告書を提出するのである。なんか立派な表紙のある報告書だったそうだ。

母親は、自分の思い通りにああしろこうしろと言うような人だったらしく、9歳のときにゲイツは爆発してしまう。そして、なぜ命令するのか、自分に構わないでほしい、というようなことを言うのだ。つまりビル・ゲイツの反抗期である。それは、なんと9歳のときだったのだ。なんというか早熟にもほどがあるというくらい、早熟だ。ゲイツ家は裕福だったので、両親は高名なカウンセリングの先生に相談する。するとカウンセリングの先生は両親の意に反して、ビル・ゲイツの好きにさせるように両親に言うのだ。なぜなら、「最後には彼は勝つのだから(どうせ一人前になったら両親から独立して好きなことをするのだから)」という理由だった。こうして、はやばやと9歳の頃にゲイツは自由を手に入れるのである。なお、カウンセリングには2年半通ったそうだ。

7年生のときに、私立のレイクサイド・スクールに進学する。そして8年生になったときに、親友となるケント・エヴァンズに出会うのである。

このケント・エヴァンズはビル・ゲイツに輪をかけて早熟な男だった。13歳のときには大統領選の民主党大会の手伝いをしていて、会場を訪れたレイクサイドの教師に、いまの民主党の状況の裏の裏まで解説してびっくりさせたそうだ。なんというか学校という枠を軽々と飛び越えて発想できるような13歳だったのである。

ふたりはたちまち親友となって、夜中まで電話で語り合うようになった。ゲイツはいまでもその電話番号を覚えているという。エヴァンズは10年後、20年後の自分をイメージして、そのイメージに最短で達するにはどうするか、ということを話してゲイツをびっくりさせる。ゲイツはそんな事考えたこともなかった。そこで二人でいろんな偉人の伝記を調べて、彼らのほとんどが若いうちに芽を出していることとかを見出したりしている。

そんな二人がレイクサイドでコンピュータに出会うのである。たちまち二人はこのコンピュータに夢中になる。そしてソフトウェアでビジネスができないかということを真剣に話し合う。そのころソフトウェアはハードを買ったら付いてくるおまけのような存在だった。

このケントがやっぱり只者でないことを見せつけたのは、ソフトウェアで実際に仕事を取ってきたことだ。10年生(15歳)のとき、給与システムの仕事を取ってきたのだ。繰り返すが15歳である。(報酬はお金ではなくて無料のタイムシェアリングの接続時間だったけど)。端末が足りなかったので、ケントはワシントン大学に連絡して、研究所の端末を使わせてくれと交渉して、実際に借りている。15歳にしてこの堂々とした行動力はすごすぎる。ゲイツは、ケントはまるで大人のように考え行動する、と評している。こうして学校が終わると朝までワシントン大学でプログラミングするという生活を続けるのである。いろいろあって、9ヶ月後に無事に動くプログラムを納めることに成功する。

次に請け負ったのが、レイクサイド・スクールの時間割を自動的に作成するソフトウェア。こちらは正式なお金をもらう仕事だった。そしてそのソフトウェアを書いているときに、親友ケント・エヴァンスが登山中の滑落事故で亡くなってしまうのである。あまりの衝撃に、葬式でゲイツはなにも弔事を言えなかったという。さらに、ケントの父親から、部屋にあるものの中から好きなものを形見に持っていってもいいと言われたのに、悲しすぎて何もいらないと答えている。

代わりに、ゲイツは未完成の時間割ソフトウェアを書くことに全力を尽くすのである。1人ではできなかったので、のちに一緒にマイクロソフトを創業するポール・アレンと一緒にプログラミングする。プログラミングに没頭するのゲイツなりの癒しだった。(なお、稼いだ金はインテルのマイクロプロセッサの購入に当てた)。

そのプログラミングを終えたあと、夏休みにワシントンDCの下院で、ページ(雑用係)という仕事を宿舎に泊まりながら1ヶ月している。

さらに高校最後の学年で、演劇に挑戦している。驚くことに、見事に主演を勝ち取っている。(演目はシェーファーの「ブラック・コメディ」)。そして、婚約者役の女生徒ヴィッキー・ウィークスをプロムに誘っている。ただし振られた。まあ、振られたけど、きちんと恋もしていたわけだ。ヴィッキーは一番人気の女生徒だったのだから仕方がない。

どうですか。ビル・ゲイツの意外な一面が目白押しでしょう? 彼は自分の可能性をいろいろ押し広げていました。まあ、ソフトウェアがビジネスになるかどうかはまだ分からなかったからかもしれませんが。

ハーバードに行ってからは、数学の最難関の講義に挑戦して、いちおう合格するのだが、ここでゲイツは厳しい現実に直面する。ゲイツは自分が数学が得意だと思っていたが、実際には凡庸な才能しかないことを思い知らされたのである。周りには彼よりも優秀な学生がいて、その人達と組まなければ課題が解けないのだ。そしてそんな周りの優秀な人たちも、先の展望は明るいとはとても言えなかった。彼は子供の頃科学者になりたいと書いており、科学の女王は数学だと信じていたのに、ここで科学者への道に挫折をしてしまう。

そこにポール・アレンから最新のマイクロプロセッサ8080を使ったコンピュータの話を聞き、そのためのプログラム言語BASICを書くことに邁進するのである。マイクロソフトの誕生だ。

さて、このあとはマイクロソフトの最初の活動の場面になるわけですが、なんというか、ビル・ゲイツがどんな人物かというのは、もう15歳ぐらいまでには仕上がっていますね。

そしてビル・ゲイツが19歳になるまでに、こんなにも多様な経験をしていたというのはすごいことだと思いませんか。しかもプログラミングと学校の勉強をしながらですからね。なかでも、親友を作り、その親友の死を体験するという、そんな大きな経験もしていたとは。ちょっとびっくりです。

★★★★☆

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