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なぜ「欲望の資本主義」は今年、放送されなかったのか

今年2026年のお正月、恒例となっていたNHKの番組「欲望の資本主義」が放送されなかった。なぜなのだろうか。

それはもしかしたらNHKの番組編成の問題なのかもしれない。しかし別の理由も考えられる。それは「欲望の資本主義」という番組が成立していた条件がすでに失われてしまったのかもしれないからだ。

NHKの番組「欲望の資本主義」は、特定の時代精神のもとで成立した企画であったように思われる。その時代精神とは、ソ連崩壊後に到来した「グローバル資本主義の時代」である。

この時代において資本主義は、単なる経済制度ではなく、社会全体を駆動する原理となった。市場は拡張し、金融は肥大化し、欲望は刺激され続ける。「やめられない、止まらない」という自己増殖的な性質を理解しなければ、世界の動きは把握できなかった。「欲望の資本主義」という番組は、まさにこの特異な構造を言語化し、可視化しようとする試みだったと言える。経済が政治や文化、倫理を覆い尽くす時代において、この番組は高い説明力と切実さを持っていた。

しかし現在、世界は明らかに別の局面に入っている。トランプ政権に象徴されるように、国家が露骨に力と利権を前面に押し出し、国際法自由貿易の理念を軽視する動きが顕在化した。「欲望の資本主義」の放送がなかった代わりに、トランプ政権によるベネズエラへの圧力と石油利権の公然たる主張というニュースが飛び込んできたのは、その象徴的な事例のように思われる。ここではもはや、市場の自律性やルールに基づく競争よりも、国家間の力関係、資源、軍事、地理的条件といった地政学的要因が前面にでている。

これは新しい現象というより、むしろ帝国主義的思考への回帰である。グローバル経済を成立させていた「法と秩序の上に成り立つ資本主義」は揺らぎ、世界は再び、力によって境界と利害が決まる空間へと変貌しつつある。こうした状況では、「資本主義の欲望」だけを軸に世界を説明することは難しい。お金の論理は依然として重要だが、それは国家権力や地政学の論理に従属し、道具化されつつある。

このように見れば、「欲望の資本主義」が放送されなかったことは、単なるNHKの番組編成上の問題ではなく、時代の変調とパラレルな現象として理解できる。

ソ連崩壊後のグローバル社会を前提とした問いが、もはや十分な説明力を持たなくなったとき、その問いに依拠した番組企画も成立しにくくなる。資本主義を世界理解の中心に据える時代は終わりつつあり、番組の不在は、その時代の終焉を静かに示しているのかもしれない。

というわけで、来年からは、「欲望の新帝国主義」あるいは「欲望の地政学」でお願いします。でも、この内容では人々の知的好奇心を満足させられないだろう。なぜなら、これらは人類が何千年もの間、暮らしてきた世界そのものであり、新しいものはあまりなさそうだからだ。

(参考)

www.hetareyan.com

(ところで、上の文章の大部分は「このような主旨で文章を作成して」ってChatGPTにお願いしたら作ってくれたの。ChatGPT、すごくない? 「特定の時代精神」とか「高い説明力と切実さを持っていた」とか「従属し、道具化されつつある」とか「番組の不在は」とか、こんな表現、わしは使わないからね(笑)。勉強になります。)

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