飯嶋和一 小学館 2025.8.4
読書日:2025.12.28
江戸時代が始まった1600年代、中国では明から清へ帝国の覇者が移っていくなか、日本人の血を引く鄭成功(ていせいこう)は南海の地で貿易を行った資金をもとに、「抗清復明(こうしんふくみん、清に抵抗し明を復興する)」を掲げて、清に戦いを挑んだ歴史小説。
不思議な作風である。人物の表現は最小限にとどめて、歴史的な事件の移り変わりを淡々と記している感じである。小説というよりも、まるで司馬遷の中国の歴史書を読んでいるようだ。もちろん、史実として分からないところも多いのだろうが、そのへんはまったく迷いなく断定調で描かれている。こんな感じで面白いのか、というと、これがなかなか面白いのである。鄭成功が亡くなったあと、鄭一族の王国は清の攻撃を受けて滅んでしまうのだが、読後は不思議な感慨を受けた。
正直、鄭成功の名前くらいは知っていたが、こんなふうに清に戦いを挑んだ人だということはまったく知らなかった。しかもかなりいいところまで行っていて、もう少しで南京を攻略するところまで行っていたとは。しかも日本人とのハーフだということもまったく知らなかった。
鄭成功の父親、芝龍(しりゅう)が海洋王国の道を開いたようで(まあ、海賊なんですけど)、生糸や砂糖などを日本の長崎に運んで大金を稼いでいたようだ。鄭成功は芝龍が日本の女性との間に作った子供である。長崎には鄭一族の倉庫があって、鄭成功の弟は日本にとどまって財産を管理していたらしい。
芝龍の作った海軍は強力で、清の海軍を圧倒するような力を持っていたので、そのまま自立して海王王国を目指すのかと思ったら、どうも政権に食い込んで安泰でいたいという気持ちも強かったらしい。そのためか、成功に科挙の試験を受けさせるために儒学を学ばせている。当時は科挙に受かれば、そうとうな権力があったのだ。そして成功は科挙を受ける資格を得るための地方の試験を突破するくらいの実力を身につけた。どうもこの儒学の教えのせいで、成功は清を正式な政権と認められなかったようだ。
一方、芝龍の方は、やっぱり政権の役職に憧れがあったのか、清に厚遇を約束されると、のこのこ出ていって、そのまま拘束されてしまう。それで成功が、(多少醜い権力争いのあと)、鄭一族を率いることとなり、清に対抗することになるのである。鄭成功は儒学で学んだ通りの、皆を富ませる政策を取って、部下や沿岸住民の人気を集める。
南洋貿易の利益は莫大で、そのお金を使って、アメリカの海兵隊のような軍隊を作って、揚子江をさかのぼって、清を攻撃する。武器の中には外国から手に入れた新式の大砲もあるのだが、日本式の火縄銃が力を発揮したというのは面白い。当時の日本は銃大国だったのだ。
このとき江戸幕府に協力を求めているのだが、実は三代徳川家光は明への派兵に乗り気で、各藩に準備をさせたというのが興味深い。実際には、外国で勝っても負けても日本が得るものはなにもない、との学者の意見を入れて、日本は介入をしなかったのだが。
鄭成功は甘いところがあって、結局、南京を攻略する一歩手前で大敗し、大陸にいられなくなって、台湾に行く。当時、台湾は中国に組み込まれておらず、外地の扱いだった。そこにはオランダの東インド会社がいたが、オランダを追い出して、台湾を拠点にフィリピンを含んだ王国を建設することを画策するが、病(マラリアだったらしい)に倒れてしまう。
息子の鄭経(ていけい)があとを継ぐが、南洋王国よりも、生まれ故郷のアモイを奪還したいという思いが強く、大陸に干渉する。アモイを一時的に奪還するが、結局、清に破れてそのあとは酒浸りになり亡くなってしまう。
その後を継いだ鄭欽(ていきん)は鄭成功のめざした南海王国を実現しようと、善政を行って台湾の富を増やしたが、汚職等に厳しく、それを恨んだ身内に撲殺されてしまう。
こうして南海王国は明と同じように内部崩壊してしまい、結局、清に滅ぼされてしまう。どうやらこのときに、台湾は中国に含まれてしまったようだ。1683年のことである。結構最近だね。
この小説で気になったのは辮髪(べんぱつ)の話だ。辮髪が清朝の中国征服の象徴のようになっていたので、急速に中国に広まったらしい。帰順した将軍や軍が辮髪にしたのはもちろん、民間でも驚くほどのスピードで広まったらしい。しなければ殺されるので、辮髪にするのだが、明の時代の士大夫(エリート支配階級)の人たちが我先に辮髪にして、庶民たちがしらけるという話が何度も出てくる。また、鄭政権に台湾から朝貢するようにという交渉が行われたが、そのときに辮髪するかしないかでもめて、交渉が頓挫したりしていて、笑える。
ChatGPTによれば、辮髪は普及も早かったが、なくなるときのスピードはそれ以上だったそうで、1912年に清王朝が滅亡してたった数年で辮髪は消えてしまったそうだ(笑)。清は268年間も続いたのに、どうやら辮髪は中国人の心に定着しなかったらしい。
鄭成功、最初から大陸には干渉せず、南海王国の樹立に努めておれば、歴史は変わったかもしれないのに、惜しいことしたなあ。まあ、こんなのは後知恵ですけどね。
★★★★☆

