田村耕太郎 ダイヤモンド社 2025.9.16
読書日:2025.12.15
元国会議員で、シンガポール国立大学で地政学の教授をしている田中耕太郎が、人間は好奇心が大切であり、何歳になっても好奇心を持って学ぶのが良いと主張する本。
学ぶのは幸福のためなんだそうだ。どういうことかというと、知りたいという気持ち、つまり好奇心を満たすように学ぶと、幸せホルモンが分泌され、さらに好奇心が増すのでますます学び、幸せになるのだという。もちろん、自らの好奇心により学ぶから幸福なわけであって、強制的な学習では意味がないことはもちろんである。
こうして幸福なままに学ぶと、実利的にもよろしい。なぜなら、今世界は大転換点に差し掛かっていて、このような学習は生き延びるためにも必須だから、なんだそうだ。(ちなみに、この世界はいつでも大転換点らしい(笑))。このような時代では、現状を維持するためだけでも多大なる努力が必要なんだそうだ。
こうして、歴史の大転換について田村さんの考え方が地政学的、歴史的、資本主義的、技術的、時間の使い方、世界のエリート動向などといったいろいろな観点から田村さんの知見が書き散らかされているが、ともかく「一生学び続ける」ことの大切さを訴えている。
そして、知識を増やしたら、必ず勝負してほしいのだそうだ。人生におけるすべての行動は投資なんだそうだ。そして勝負で負けたときにこそ学びがあるそうだ。
まあ、国会議員をなさっていたこともあるせいか、「日本のため」とか「日本の将来」に関する思いが大変強いようです。日本は日本の芸風(笑)があるのだから、その芸風で闘え、などということもおっしゃっています。
概ね、田村さんの主張は賛成できるのですが、一箇所だけ、どうもわしの感覚と違うなあ、と思うところがあるので、それについて述べます。
田村さんは、暇人がイノベーションを起こすと主張されていて、それなのに日本人は忙しくしすぎていて時間の使い方がおかしい、これではイノベーションが起こらないと嘆いていらっしゃる。一方、ChatGPTの一人あたりの使用時間は日本人が一番長いというデータを示して、もしかしたらこれは日本人が怠けて楽をしたり、暇を持て余している兆候かもしれない、などと言って、日本人の将来に期待している。
こういうところを読んで、日本人に関する理解の仕方が、わしとどうも違うなあ、という気がするのです。あまりにもエリート過ぎて、インターネットが始まって以来、日本人がいかにインターネットで遊んできたか理解していないのかもしれない。たとえばひろゆきが作った2チャンネルやニコニコ動画で日本人が独自の文化を発展させて遊んできたかということをご存知ないのかもしれません。
ChatGPTだけではありません。たとえばX(旧ツイッター)でも日本人は独自の使い方をしていて、たぶんXを一人当たり使用時間で最も使っているのは日本人のはずです。つまり、日本人はなにか新しいものが出ると、世界中で真っ先にそれを使って遊ぶ人種なのです。
わしから見れば、日本人は暇人の集まりです。そしてこれは最近のインターネットのことだけではないのです。日本人は、ずっと昔からこうだったのです。為政者たち、特に武士のような人だけを見れば真面目だったように思うかもしれませんが、でも、商人や百姓の世界では違った世界が広がっていたのです。
田村さんはライドシェアが既存勢力の反発で日本だけ遅れていることを嘆いていて、それはそれでわしも残念に思うけれど、日本人の特質はこのような既存勢力と正面から無理に戦うということをしないところにあると思うのです。そうではなくて、このような規制の隙間をぬって、新しい領域を開拓するところに日本の独自性があるのだと思います。だから、ライドシェアのような世界もきっと、放っておくと規制の果てに日本独自の発展をするのではないでしょうか。
日本の最近の文化、アニメやオタク、ボカロPなどはみんなそんな規制からずれたところに誕生しています。これは今年の大河ドラマだった「べらぼう!」に出てくる蔦屋重三郎などを見れば、昔からずっとそうだったということが明らかだと思うのです。
というわけなので、わしは日本人の創造性について、疑いを持ったことはありません。
田村さんもイノベーションは辺境から起こるとおっしゃているではありませんか。日本人は遊べる辺境を見つける天才なのですよ。
(参考)
★★★☆☆

