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動物たちのインターネット 生き物たちの知られざる知性と驚異のネットワーク

マーティン・ヴィケルスキ 訳・プレシプ南日子 解説・佐藤克文 山と渓谷社 2025.10.5
読書日:2025.12.8

動物にログデータを送信する無線タグを付けて、宇宙から動物の活動を追跡するICURUS計画を推進した、25年間の紆余曲折の物語を語った本。

生物学者のヴィケルスキはドイツ人だが、アメリカのイリノイ大学助教をしていたとき著名な電波天文学者ジョージ・スウェンソンに出会ったらしい。こうした大物はでかい発想をするらしく、ジョージはパナマを一緒に旅行中、「生物学者は世界に対して責任をはたしていない。ヴィジョンが小さすぎて地球規模の研究をしていない」とヴィケルスキを責めたそうだ。どうすればいいですか、と聞くと、しばし沈思黙考して、「生物学も地球を回る衛星を使ったシステムを作るべきだ」という。(2001年のことで、このときジョージは79歳)。

そんなことが可能なのだろうか。ヴィケルスキは、やはりイリノイ大学に関係のあるテレメトリ動物学分野の先駆者ビル・コクランに電話をかけ、可能かどうか聞いてみた。するとすぐに計算してくれて、低軌道なら動物に付けた無線タグの弱い電波を受信することが可能だという。(ビル・コクランはこのとき68歳)。

というわけで、世界中の動物に無線タグを付けて地球規模で観測するICURUS(イカルス)計画が発足するのだが、本人はものすごく楽観的で、まあ4年もあれば大丈夫だろう、と思っていたらしい。しかし、実際には最初の無線タグのデータを宇宙から受信するのに20年もかかってしまった。見通しが甘かったということになるが、なにか始めるのに、なんとかなるだろうという楽観はぜひ必要だ。みなさんもどうか、楽観して、無謀な挑戦を始めてください(笑)。

しかし、なぜこんなに時間がかかったのか。

ICURUS計画には宇宙関係者の協力が必要なのだが、これがなかなか理解が得られないのだ。もっとも簡単なのはISS国際宇宙ステーション)にアンテナを積んでもらうことのように思われたが、NASAとまったく話が進まない。一方、生物学者の方も、地球規模での観測という大きなヴィジョンに慣れていなかった。だから、ヴィケルスキはどちらの分野の人の協力も得られなかったのである。

そんな中、欧州宇宙機関ISSで行う研究を募集していたので応募すると、意義はあるが実現性は乏しい、という評価を得た。お金は出さないが、少なくとも意義については肯定的な評価だった。また、ロシアのメンバーから、ロシアの宇宙機関コスモス社との共同事業にしたほうがいい、というアドバイスも届いた。どうもヨーロッパのほうが反応がいい。そこで、ヴィケルスキはドイツのマックス・プランク研究所に拠点を移す。

2008年にこのICURUS計画の会議を開くと、印象的だったのは各分野で名を馳せた古参の科学者たちが非常に先進的で協力的だったことだ。この会議は非常にエキサイティングで、ヴィケルスキは勇気をもらう。

2009年、ヨーロッパの宇宙関係の会議で、ICURUS計画について話をすると、関心を寄せたのはこれまた高齢の科学者だったそうだ。それはドイツの宇宙工学者フィル・ハートルとビタビアルゴリズムで有名なアンドリュー・ビタビだったそうだ。(このときフィル・ハートルが81歳、アンドリュー・ビタビが74歳)。

そして、フィルから、ミュンヘンでビール片手に話合う会があるからそこで5分スピーチをしてみないか、と誘われる。それには欧州の宇宙部門の重要な職にあったひとや現役のひとが参加しているのだ。するとドイツ航空宇宙センターのディレクター、クリストフ・ホハーグが関心を持ってくれた。

関心を持ってくれたもうひとつの国、ロシアでの会議には、伝説の宇宙工学技術者のヴィクトル・パヴロヴィッチ・レゴスタエフが参加した。ガガーリンのころから有人宇宙飛行システムを設計していたという人物で、彼が入ってきたとき、ロシア人全員が起立して迎えたという。そのくらい伝説の技術者なのだ。彼はプロジェクトの内容を聞くと、「これは良いプロジェクトで、優先すべきでしょう」と答えてくれたので、それですべてが決まったそうだ。(このときレゴスタエフは78歳)。

というわけで、ICURUS計画のアンテナは国際宇宙ステーションISSのロシアのセグメントに設置されることになったのである。

どうだろう。これをみると、ICURUS計画の重要な局面で大きな役割を果たしているのは、65〜80歳の超ベテランの研究者だということが分かる。若い研究者よりも、お年寄りと言っていいくらいの研究者のほうが、前例踏襲ではなく、長期的かつ革新的な発想で物事に当たっている。

これはどうしてなんだろうか。

もしかしたら、もともと大きな視点で仕事をしてきた人が大物の科学者として生き残っているのかもしれない。もしくは人生の終盤に差し掛かると、誰しも自分が死んだあとの遠い未来の人類全体に役立つことをしたがるからかもしれない。それに対して、若い科学者はいま現在の実績を積むのに懸命で短期的なテーマしか考えられないのかもしれない。

さて、肝心のICURUS計画の方だが、そんな紆余曲折の末、国際宇宙ステーションのロシア・セグメントにアンテナが設置され、動物たちにタグをつけ、ようやくちゃんと動くようになったのは2021年3月だったそうだ。コロナ・パンデミックのロックダウンのさなかのことである。翌4月から世界中の動物たちにつけた無線タグからデータが続々と送られるようになった。

しかしロシアの思惑に振り回されて、アンテナの方向を勝手に変えられたりして、運用がうまく行かず、ついにはウクライナ戦争が始まって、ロシアとの関係を断つことになってしまった。

というわけで、またしても出直しということになり、今度は自前の人工衛星を打ち上げることにして、10cm角のキューブサットを打ち上げることになった。ネットニュースによれば、衛星はどうやら2025年11月にスペースXで無事に打ち上げられたらしい。今後は順調に衛星の数を増やしていくそうだ。

生物学者の話なので、肝心の生物の話もたくさん載っている。例えば、コウノトリのハンジの話が面白い。

ふつう渡り鳥というのは、特定の時期になると渡りの衝動が起き、いつも同じ目的地に同じコースで渡りをすると考えられている。しかし、そうではなく、独自の動きをする個体もいるのである。

コウノトリは冬になると東欧のほうからトルコなどを経由してアフリカへ行くそうだ。つまりヨーロッパのコウノトリはまず東を目指す。ところがハンジは西を目指し、スペインにたどりついた。そこでスペイン人の農家のペットになって冬を過ごしたのだという。研究者が半信半疑でスペインへ行くと、本当にスペインにいて、農家のおばあさんと一緒に足湯を楽しんでいたんだそうだ。その後ハンジはヨーロッパ中をうろうろしたあとトルコ経由でアフリカに渡って、アフリカの角の紛争地帯で行方不明になったのだという。

日本に住む身としては、動物の地震に対する反応にも興味を惹かれる。イタリアの牛を使った無線タグを使った観察では、牛たちは震度4以上の地震について前もって何らかの反応を示したのだそうだ。実験例が1つしかないのでなんとも判断できないが、地球全体で無線タグを付けてデータを集めることができれば、地震の前後で動物たちの動きが普段と違っているかどうか、有意に確認できるだろう。そうなると、地震予知の一つの有力な方法として確立されるかもしれない。

ロシア関係で興味深かったのは、モスクワにある宇宙ステーションISSのロシアの軌道セグメントの模型の話だ。宇宙ステーションでなにかする前に、この模型で実際にできるかどうかの確認をするのだ。たぶんアメリカにもこういうのはあるだろう。

そこに一人の年配の女性がいて、彼女の前の古い机に厚さ15センチのノートがあったのだという。彼女の仕事はこの模型に加えられた全ての変更を文字で記録することなのだという。なんと、ロシアでは、人がノートにアナログで記録していたのだ。もし何かあったら、このノートを見れば(もしくは彼女に聞けば)、宇宙ステーションのどこに何があって今どうなっているかを全て確認できるのだ。

ものすごくアナログだけど、もしかしたらコンピュータよりも的確で早いかもしれないと思うのは、わしだけだろうか。ロシア恐るべし、じゃないですか?

★★★★☆

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