野龍太郎 ちくま新書 2025.2.10
読書日:2025.12.1
日本は21世紀中に生産性が30%も上がっているにも関わらず賃金が上がっていないのは、日本の企業が収奪的な経済になっているからであり、収奪的な経済を包摂的な経済に変化させなければ、たとえイノベーションが進んでも日本国民にとって幸福な社会にならないと主張する本。
収奪的な社会とはエリートの一部が富を独占するような社会のことで、包摂的な社会とは富を分け与えるような社会のことです。ダロン・アセモグルとジェイムズ・A・ロビンソンの『国家はなぜ衰退するのか ―権力・繁栄・貧困の起源』で定義されました。
日本では生産性が低いから賃金が伸びないのだ、と言われてきましたが、実際には労働生産性(労働1時間あたりの付加価値(付加価値は実質GDPに同じ))は30%も伸びています。しかし、実質賃金は横ばいです。では稼いだお金はどこに行っているのかと言うと、企業の貯金として蓄えられているのです。近年、やかましく、労働者に分配するように言われている理由がこれです。
最近賃金は今までよりも上がっているのですが、物価の上昇率に追いついていないか、同じくらいです。つまり、いまのところ実質賃金は相変わらず横ばいということです。
こうなった経緯にはバブル崩壊後の日本経済の経緯があり、単純には、不良債権処理→メインバンク消滅→財務基盤強化→従業員給与抑制→貯蓄、という流れです。
このなかで大企業の従業員は、賃金のベースアップ自体は上がらなかったのですが、定期昇給は約2%あり毎年上がっていったので、自分たちが安く買い叩かれているということに気が付かなかったのだそうです。そしてこのような制度は固定化してしまいました。
さらに、企業は正社員から収奪しているだけではなく、非正規雇用を活用するようになり、ますます収奪的になっています。
現在、貿易収支は赤字基調ですが、第1字所得が膨大なので経常収支は黒字を維持しています。第1字所得は企業の海外投資の配当などがそれに当たりますが、河野さんはこの利益率はあまり高くないのではないかと言っています。
わしなんかは、海外に投資しているのならそれでいいのではないか(海外に再投資されて国内に戻ってこないとしても)、と思っていましたが、経常収支に含まれない特別損失も毎年高額発生しており(10兆円ほど)、実際にはそれほど収益が上がっていないのではないかと言っていうことでした。(なお、具体的な収益率の数字は出ておりません)。
こういう収奪的な社会だと、極端な主張をおこなうラディカルライト(極右)やラディカルレフト(極左)の政党に支持が集まり、政治が不安定化するのではないか、と河野さんはいいます。
しかし河野さんがもっと恐れているのは、たとえイノベーションが起きても、このまま収奪的な社会のままなら、一部が豊かになるだけで国民の皆が豊かにならないのではないかということです。
イノベーションはもともと収奪的でも包摂的でもありません、農業が起きたとき、一部のみが豊かになるような社会(古代国家)が誕生しましたし、中世でも技術が発展しましたが、一部(教会など)だけが富をえています。産業革命でも、最初は成功した起業家が豊かな生活を送るばかりで、労働者は苦しい生活でした。つまりほとんどのイノベーションは収奪的でした。
しかし、一方では、鉄道や車は、波及する多くの仕事を生み出した包摂的なイノベーションでした。
AIはいまのところ、経費を節減するために主に使われており、どちらかと言うと収奪的なイノベーションだそうです。
でも、包摂的なイノベーションって、いまならどんなものが考えられるかしら。あまり思い浮かばないなあ。もしそういうものが登場しないのなら、社会に富を分配する仕組みを作らない限り包摂的な社会にならないでしょう。けど、そういう仕組みを作るのは難しいかもしれないなあ。
もしもそれができなければ、革命、ですかね? うーん。
(参考)
★★★★☆

