まあ、多くの人がすでに感じていることだとは思うのですが、このところChatGPT等の大言語モデル(LLM)の限界がはっきりしてきたなあ、という感じがします。一言でいうと、このAIで新しい知識を生み出すのは極めて困難ということです。残念なことだけれど、そういうことらしい。
わしはなにか新しいことに出会うと、疑問が山のように生まれる質(たち)で(このブログを読んでいれば納得されるでしょう)、質問をたくさんするほうです。しかし、人間相手にたくさんの質問をするのは極めて難しい。しかし、AIならそのことに不満を言うことはありません。というわけで、AIに質問をするわけですが、そうするとその回答がさらに疑問を生んで新しい質問をするということになり、気がついたら1時間や2時間が経ってしまっていた、などということがざらにあるのです。(苦笑)
いったい何をしているんだという感じで、一見無駄なようですが、こうすれば新しいことの表から裏まで素早く知識を手に入れることができるから、個人的にはものすごく満足しているのです。実際、世の中の情報をまとめるという点で、大言語モデルの優秀さには呆れ返るばかりです。
しかし、AIに新しいことを考えさせようとすると、いつもがっかりさせられます。もちろん、AIにいくらでもアイディアを出させることは可能だけれど、あまりに内容が薄く効率が悪い。結局、一番うまくいく大言語モデルの使い方は、アイディアのもととなるデータをまとめさせることと、こちらがイメージしている内容を最終的にまとめさせること、という部分に使うということです。つまり、これは、中核的なアイディアの創出以外の部分に使うということであり、ほぼ新しい知識の創出に寄与していません。まあ、これはつまり補助には使えるということだから、無駄ではないんだけどね。
結局、大規模言語モデルが人間が実際に表現した言語を大量に集めて学習している以上、人間がこれまで話した内容を超えて新しい内容を作るということは不可能だということなのでしょう。
このことは「知能とは言語のことではない」ということを明確に示しているように思えます。言語能力を喪失した人でも高い知能を示す場合があることから明らかなように、言語機能と知能は同じではありません。大規模言語モデルにおけるこの誤解は、人間の知能が高いのは言語があるからだ、という誤解に基づいていると言えるでしょう。
人間の使う言語というものは「物語形式」以外の表現ができない、とわしは確信しています。ここで物語形式といっているのは「誰かが誰かに語っている」という形式だ、ということです。このことは、言語というものはそもそもコミュニケーションのツール以外の何物でもないということを示していると思います。おそらく、物語形式でも、自問自答という自分に語りかけるという方式もあり得るから、人間は言語で考えているという誤解を生んでいるのではないでしょうか。
わしの理解では、知能の基本は、空間的なパターン認識から来ているというものです。意味や概念を空間的イメージに置き換えていろいろな角度からそれぞれの概念の距離や方向を見ているというのが、基本的な人間の思考方法であり人間の知能だと思うのです。概念空間は形式上、n次元の高次空間になっていますが、人間は実際にはそんな高次元をイメージしているわけではなく、おそらく基本は2次元、最大でも3次元的に物事を見ていて、座標軸をいろいろ切り替えていろいろな方向から眺めて、位置関係がどう変わるかを見ているのではないかと思います。そうすると無関係で遠くにあると思われるものごとの間に、意外に近くなっている座標軸の取り方があることを発見する。これが新しいことを思いつくということでないかと思うのです。(人間だけでなく、たぶんすべての動物の知能はこうなっていると思います)。
言語空間とこのような概念空間は、無関係ではありませんが同じではありません。言語空間はこのような思考を準備するときに使えますし、なにか思いついたあとにそれを説明することにも使えます。しかし、思いつくこと自体は、言語とは別の空間的な処理であって、いまの大規模言語モデルでは扱えない、というのがわしの理解です。(なお、このことは、このような空間処理機能を持たせれば、本物のAIを作ることは可能だ、ということも意味しています)。
以上のように考えているので、大規模言語モデルで新しい知識を生み出すことは極めて難しい、というのがいまのわしの結論になります。
さて、最近、会社で効率化のためにAIを使うように指導されているんだけど、会社が用意した標準的なプロンプトで作られる資料は、なんだかつまんないんだよね。効率は上がるかもしれないけど、こんなので新しい知識の創出に使えるかどうかははなはだ疑問。でもね、無料版では使用制限のあるChatGPT-5が、会社では法人契約で無制限で使えるの。なんというか、これが企業力というやつだね(笑)。
(おまけ)
個人では、AIはもちろん無料版でしか使っていない。というか、チャットの議論だけするのなら、だいたいはそれで十分である。無料で使えるAIは概ねオープンAIのChatGPTか、GoogleのGeminiの選択になる。
しかし、この2種類のAIはやっぱり個性がある。
検索的に使うには、どちらを使ってもさほど変わらない。しかし、ちょっと議論的なことをしたいと思うと、Geminiは難しいようだ。
Geminiはどこか杓子定規なところがあって、ある可能性について尋ねても、どこかに明確に事実としてそう書かれていない限りは、その可能性を否定する傾向がある。一方で、ChatGPTは、別の文章の表現から推測して、そうなる可能性があると推定してくれる。資料がネット上にそんなにない、かすかな痕跡をたどって推定していくような場合は、Geminiのような対応は致命的になる。
またGeminiはGoogleという会社が広告を目的としているせいなのか、ある企業の方針について調べさせると、その企業の書いた資料を過度に信頼する傾向があるように思える。この会社の方針はこういう理由でうまくいかないのではないか、と聞いても、そうかも知れないと認めつつも、なぜか最後には企業の方針の肩をもつようなことが多いようだ。傾向として、どこか企業よりの偏りがあるような気がするのだ。
というわけで、Geminiについては検索的な使い方はするけれど、議論する必要がある場合にはChatGPTを使うようにしている。前に以下のところに書いたように、Geminiとはどうもああ言えばこう言うというような議論になることもあり、正直、議論相手としては使いにくい。議論はやっぱり発展しないと面白くないのに、まったく発展しないのだから。
最近は中国が作った大規模言語モデルが安く出回っていて、それを使っているAIスタートアップも多いようだ。中国版だと基本的に中国語で考えているということだけど、そうすると英語で思考しているChatGPTやGeminiとなにか違いがあるのかしらね。ちょっと興味を持っている。

