デヴィッド・ワイル 訳・小田島由美子 監修・仲野徹 みすず書房 2025.8.8
読書日:2025.11.14
肺移植の責任者として数々のプログラムを成功に導いてきたワイルが、死者の数が増えるにしたがって耐えられなくなり、ついにはPTSDを発症してバーンアウト(燃え尽き症候群)となり、辞職するまでの回想録。
これまで検視医など、死者を取り扱って、PTSDを発症した例を見てきた。人の死に長く関わっていると、そのような危険があることがわかる。たとえば、以下のような本だ。
このような人たちは、人の死のみを大量に扱っているのだから、まだ分からないでもなかった。しかし、大勢の人の病気を治し、感謝される医者の場合はどうなのだろうか。
ワイルは医学を学んで、当時まだ新しかった肺移植の移植医を目指した。
移植医とは移植手術の執刀をする人ではない。移植が多いアメリカでは、移植に必要な様々な業務が分業化されていて、その中で移植医とは移植に関わる全般を取り仕切る医師のことだ。移植にはさまざまな意思決定が必要で、誰を待機リストに載せ、次に誰に移植するかを決める。そして移植後もずっと患者に寄り添って、その健康を維持する役目をするのである。そして、患者の家族に説明する役割もある。
呼吸がほとんどできない患者に肺移植をして、その患者の生活が一変して感謝される、そんな仕事にやりがいを感じて、この仕事に邁進し、数々の病院の移植プログラムを成功導き、当時移植プログラムが停滞していたスタンフォード大学の病院に招かれ、任されるようにまでなる。つまりは移植医としての頂点を極めた人物である。
もちろん移植手術のすべてが成功するわけではない。失敗する場合もあるし、待機しているうちに移植用の肺が手に入らず、時間切れで亡くなってしまう場合もある。しかし、亡くなった患者よりも成功した患者のほうがはるかに多いのだ。
それなのに、である。死んでいく患者がひとり、またひとりと増えていくにしたがって、ワイルの精神は蝕まれていくのである。どうも助かった患者は亡くなった患者の埋め合わせにはならないようなのだ。ワイルの場合は、その数は100人だったそうだ。100人の患者が亡くなって、もうダメだ、と悟って、スタンフォードを辞職するのである。
もっともこれは、患者の死だけではない。ワイルの精神に最後のトドメをさしたのは、患者の死ではなくて、父親の死だったのである。つまり精神的にコミットしている相手の場合は、患者であれ肉親であれ友人であれ、誰であってもその死は大きな影響を与えるようだ。
人の生き死にに直接関わる仕事だからだろうか、ワイルによれば医者がバーンアウトしてしまう確率は非常に高いのだそうだ。だから、医者は患者から適切な距離を取らないといけないのだ。ワイルの場合は、逆で、関わった患者のすべてを救うと固く決心し、全力でコミットし、いつドナーが現れたという連絡が来てもいいように携帯電話を決して離さず、しきりにメールをチェックするという生活を続けたのだという。これではバーンアウトしてくれと言っているようなものだったのである。学生時代はフットボールの選手でたくましい体だったのに、退職したとき、177センチくらいの身長にたいして体重は62キロぐらいしかなかったそうだ。まさしく身を削っていたのである。
スタンフォードを辞めたあと、ワイルは、もう治療はできない、と感じて移植プログラムのコンサルタントをすることにした。全く宣伝しなかったのに、ワイルのもとには相談がたくさん来たそうだ。各地の病院をまわって、うまくいっていない部分を見つけてアドバイスをする仕事をしている。
しかし、いちど医者になると人は一生医者なんだそうで、辞職してから3年たったいまは、故郷のニューオーリンズで病院の移植チームに非常勤で参加しているそうだ。ただし、その復帰は、ゆっくりと、ゆっくりと、だ。
★★★★☆

