佐川恭一 集英社 2025.3.310
読書日:2025.11.10
田舎町の神童だった著者が、有名進学校や塾で出会った人物を回想した本。
滋賀の田舎町でとくに勉強もしていなかったのに、中学時代、全国の実力試験で常に4位以内だった著者は「天才」の称号をほしいままにして、京都の名門、某R高校(洛南高校らしい)に進学した。しかし、進学してみると、自分が天才でもなんでもないことが分かってしまうのである。
それでどうなったかというと、いわゆるガリ勉をしてなんとか食らいついていく、ということになった。なんとか京大に受かることが目標だ。結果的には一浪してなんとか文学部に潜り込んだが、学問などやる気はなく、だらだらと卒業して、就職したが1年でやめて、小説家を目指して現在がある、ということらしい。
しかしこの間に出会った仲間(?)たちのことは、わすれられない記憶になったらしい。本物の天才もいれば、普段はまったく賢くないのになぜか必ず本番では逆転して結果を残す者とか、やると決めたらすごく非効率だけど尋常ならざる努力をして結果として目標を達成してしまう者とか、そして皆が認めるような努力をしているのにその努力に値する成果をものにできない者とか、いろんなキャラが登場して飽きさせない。
そういうわけで、このエッセイはネタを考えるまでもなく次々出てきて、これまででもっとも楽に書けた本だったそうだ。猛烈な受験勉強の成果としては、いくらでもずっと小説を書いていられる体質を獲得できたという。
ちなみにそんなの努力して入った京大だけど、入ってみたらほとんどの人は、あんまり勉強しなかったけど成績が良かったので受けてみたら受かっちゃったみたいな人ばかりで、受験勉強の苦労話などをするものは誰もいなかったのだそうだ。でも、就職では京大のラベルの力は絶大だったとか。(すぐに辞めたけど)。
まあ、平凡な公立高校を卒業して地元の国立大学に入った、ゆるゆる精神のわしには理解できない世界だ。
わしがどれだけゆるかったかというと、当時、わしが受けた地方国立大学では受験の応募期間中、その学科ごとの競争倍率が毎日、欠かさず新聞に載っていたのである。(いまでもやっているのかな?)。そこでわしはそれを毎日観察して、受付最終日にもっとも低い倍率の学科に申し込んだのだ。その倍率はいまでも覚えていて、1.04倍(笑)。これは落ちる人が数人しかいないというレベルで、落ちるほうが難しいくらいだ。というわけで、わしはほぼ無競争で受験をのりきったということになる。ごめんね。
しかし、昭和人間のわしには受験戦争という言葉があったけど、21世紀にも似たような世界があると知って、ちょっとびっくり。
★★★★☆

