わしはそれなりにエンターテイメント業界のことを気にかけています。
それで、このところハリウッドの調子が悪いなあという認識はありましたが、実際はわしの想像以上にひどいようで愕然としました。
それは10月10日付のウォール・ストリート・ジャーナル日本語版に載っていた記事で、記事の題名は「娯楽の街ロサンゼルス、経済苦境はパニック映画並み―仕事は消え、会社は閉鎖され、中間層の脚本家やアーティストなどは窮地に」という記事です。
(契約していないと全文は読めませんので、あしからず)
他にもハリウッドの不調を訴えるいろんな記事が検索すると出ていますが、個人的にはこの記事がいちばん心に響きました。
さて、最近の流れを時系列的に述べると、まずコロナ禍で仕事が減っていたという状況がありました。そして2023年に俳優組合と脚本家組合がストライキをしました。争点となったのは、ストリーミング配信の利益の配分、AI活用による著作権および収入減少、制作の短期化およびフリーランス化による雇用の不安定化、などでした。このストライキの期間、ハリウッド製の映画製作が行われなくなり、配給が滞ったことは記憶に新しいところです。
ストライキは組合側の勝利に終わり、新しい契約が結ばれましたが、このためハリウッドの制作コストが高くなりすぎたのです。制作側はコスト削減のため、ハリウッド以外での映画・ドラマ制作を行うようになったのです。米国国内でも、映画製作に税の優遇措置をとっているジョージア州などに仕事が流れ、国外ではカナダのブリティッシュコロンビア州などに流れているといいます。
仕事は激減しました。組合側は2024年を乗り越え、2025年になれば仕事は戻ってくる、と言っていましたが、戻ってきませんでした。4000万ドル以上の作品の制作本数は2024年に30%減り、2025年になるとさらに13%減ったのだそうです。制作するためのサウンドステージ(いわゆるスタジオ)の稼働率はかつては90%以上でしたが、いまでは60%程度ほどです。
そして現在、ハリウッドで有数の実力を持つプロたちが苦境に陥っているのです。驚くのは、アカデミー賞を取っているような超一流の人たちまで仕事がなくなっていることです。
トーマス・カーリーさん(49)は2014年の映画「セッション」でアカデミー賞録音賞を受賞した一流のプロです。しかし、2024年4月以降、仕事をしたのは一週間だけだそうです。2022年までは対応しきれないほど多くの仕事を抱えていたといいますが、すべて無くなりました。
映画に関わるすべての業種が影響を受けていますが、わしがもっとも悲惨だと思うのは、アニメーターです。CGアニメの影響により、アニメーターの苦境は2010年代から続いているのです。もはや手描きのアニメーションという分野自体が崩壊の危機に瀕しているのかもしれませんが、それでも一流のアニメーターにはまだ仕事がありました。
「ノートルダムの鐘」や「ムーラン」に関わったアニメーターのブライアン・メイノルフィさん(54)は2024年に仕事がなくなり、いまでは週350ドルの大学でのアニメの講義だけが収入だそうです。いまは退職金も大学進学資金(たぶん子供用)も取り崩して節約生活していますが、それも限界だそうで、人生で初めて絵を描く以外の仕事に就くことを考えているそうです。さらに悲惨なのは、アニメーターの数が減りすぎてアニメーターの組合が年末に解散してしまい、健康保険のサービスがなくなってしまうことです。病気になったときの不安ははかりしれません。
こうした一流のクリエーターだけではなく、映画・ドラマの制作はたくさんの人の生活に仕事を与えています。ケータリングの業者とか、セットや小道具、衣装を準備するとか、さまざまな関係者のスケジュールを調整するとか、多くのひとが関わる産業だったのですが、それが無くなりつつあります。
こうして、いま、ロサンゼルスは人口が減少傾向です。
ロサンゼルスは2020年は人口1000万人でしたが、いまは975万人で、5年間で25万人減少しました。しかしこの人口流出は単なる数字ではなく、最も大切なクリエーターたちのコミュニティが崩壊しつつあることを示しています。ロサンゼルスはエンターテイメント産業に夢を抱く人たちが集まって夢を語り合う、そんな町だったのですが、そういう場所が無くなりつつあります。彼らは仲間たちが散っていなくなっていくことに悲しみを覚えています。
さて、このロサンゼルス・ハリウッドの苦境をどのように見るべきでしょうか。
もともとロサンゼルスが映画産業の町になったのは、映画の特許をもっていたエジソンに特許料を払いたくなかったからだそうです。遠い西部の町までエジソンは特許料を取りに来ませんでした。だからロサンゼルス自体が、コスト削減で生まれた町なのです。晴天が多い気候も幸いしたと言います。
そして大きくなって制作コストが上がっても、圧倒的な能力をもつクリエイターたちの存在、つぎつぎ誕生する先進的な映画技術、世界中への配給ネットワークにより、ハリウッドは優位を保ってきました。
しかしそろそろこのハリウッドモデルは賞味期限が来ているようです。
もともとアーティストたちは生活コストの安い地域に集まる傾向があります。新しい波は常に辺境から起こるというのは、そういうわけなのです。最近、制作コストの安い日本にも映像の仕事が増えているようです。日本ではいまいろんな物が安くなっていますからねえ。
こういうわけで、ハリウッドも一度崩壊したあとに新しい風が吹くのかもしれません。
皆さん、最近ハリウッド映画を観ましたか? わしは「トップガン・マーヴェリック」が最後じゃないかな。しかも映画館でみたかどうか記憶が定かでない。最近、わしは長時間の作品を見ること自体に躊躇を覚える。そんなに時間をかける意味があるのか、という気がして。
でも、本は長時間かけてでも読むんだけどね(笑)。本は映画よりも中身が濃いことが多いからねえ。

