セレステ・イング 訳・井上里 早川書房 2025.5.15
読書日:2025.9.15
(ネタバレあり。注意)
オハイオ州クリーブランド郊外にあるシェイカー・ハイツは中産階級の人たちが住む高級住宅街で、規律正しい人達が住んでいる。リチャードソン夫人はこの町で生まれ育ち、いま(1990年代)は地元の新聞社で記者をしているが、写真アーティストでシングルマザーのミア・ウォレンに空いている家を貸す。しかしミアの存在はリチャードソン夫人の心をざわめかせ、不安になった婦人はシェイカー・ハイツで起きた養子問題を言い訳に、ミアのことを調べ始めるのだが……。
なかなか面白かったです。
物語の軸は、リチャードソン夫人とミアです。この2人は人生の選択をするときに、まったく正反対の選択をしているんですね。ミアは天才的な写真アーティストで、美術なんかまったく役に立たないと考える実利的な両親に反抗して、ひとりニューヨークの美術学校へ向かうような女性です。一方のリチャードソン夫人の方は、シェイカー・ハイツで育って、ずっとここに暮らしたいと思っていて、高校のときの恋人に一緒に出て行こうと言われても拒否して、大学でシェイカー・ハイツで暮らしてもいいという夫を見つけて帰ってきます。彼女はジャーナリストになりたくて、地元密着の新聞社に勤めていますが、大学の友人や後輩がどんどん大きな新聞社に転職していくのに、彼女はずっとシャイカー・ハイツの新聞社で地元のありきたりな記事を書いて暮らしています。彼女にとってニューヨークはたまに遊びに行って刺激を受けるところで住むところではありません。
2人はまったく違う生活をしているので、この2人をどのように接触させるか、作者にとっては物語上の工夫が必要になります。第1段階としてミアはリチャードソン夫人所有の別宅を借りますが、2人は大家と店子という関係ですから、これだけなら本来ならそんなに接触はあるはずはないんです。ではどうするかというと、お互いの子供を通して2人は接触するんですね。
ミアには一人娘のパールがいて、リチャードソン夫人には4人の子供がいます。パールはリチャードソン家で初めて経験する豊かな中産階級の暮らしに夢中になってリチャードソン家に入り浸りになります。リチャードソン家の長女レキシーと長男のトリップは、絵に描いたような中産階級の子供で、パールはスポーツマンでかっこいいトリップに恋をしますし、レキシーからは自信を獲得します。一方、リチャードソン家の次男ムーディと次女のイジーは自分の家に馴染めず、ムーディはパールに恋をして、イジーは実の母親から嫌われていて、アーティストのミアに心酔します。
イジーが学校に反抗するときに、その戦略についてミアがアドバイスをして、リチャードソン家の子どもたちの心を捉えるという話もでてくるというふうに、前半は子どもたちを中心に話は展開するんですね。それぞれの子どもたちのこともよく書けています。(シェイカー・ハイツの典型的な子供の役をする長女のレキシーと長男のトリップの書き方は、ちょっと書き割り的ですが。)
後半は、パールの出生の秘密というふうに話は移っていきます。ニューヨークの地下鉄で、代理母を探していたお金持ちにミアが見つけ出され、その時の子がパールということなのですが(つまり妊娠した子供は渡さなかった)、この話を急に出すとちょっと唐突な気もします。なので、作者はシェイカー・ハイツで移民中国人女性の赤ちゃんの養子問題という同じような事件を起こして、読者に子供の帰属を巡る問題の予習もさせる周到さです。(ここでも、ミアは子供を取り返そうとする中国人のべべにマスコミを巻き込むゲリラ的な戦略を伝授する役をしている。日常ではあり得ない発想は、ほぼミアから出るということになっている)。でもまあ、このエピソードも、話を展開させるためにあるような気がしますね。
結局、リチャードソン夫人とミアはお互いに相容れずに、二人の関係は決裂します。こうして、ミアとパールがシェイカー・ハイツを去って話は終わるのですが、ミアはリチャードソン家の一人ひとりにアート写真を残すんですね。ミアがリチャードソン夫人に残した写真は、鳥が逃げたあとに残された鳥かごの写真でした。もちろん自分の周りに自分で築いた鳥かごを壊してほしいという寓意でしょう。
★★★★☆
(おまけ)
実はわしは、アメリカの中産階級をテーマにした小説が好物なんですね。アメリカの中産階級のあり方って世界の中でも特殊じゃないですか。独特の価値観というか、規律みたいなものを持っていて、それが崩れるというところが醍醐味ですね。ヨーロッパ社会では絶対にありえない感覚です。
以前この手のアメリカ中産階級の小説を読んだのは、と調べると、なんと2013年! 10年以上も前でした(笑)。好物と言っても、ごくたまにしか読んでないんですね。小説じたいほとんど読んでいないんで、まあこんなもんでしょう。これも傑作でしたので、よかったらどうぞ。(いま気がついたが、これも早川書房だ。)

