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PLURALITY(プルラリティ) 対立を創造に変える、協働テクノロジーと民主主義の未来

オードリー・タン、E・グレン・ワイル、⿻コミュニティ 訳・山形浩生 解説・鈴木健 サイボウズ 2025.5.2
読書日:2025.8.14

台湾・初代デジタル相のオードリー・タンと「ラディカル・マーケット」のE・グレン・ワイルが、自己中心的なリバタリアニズムでも、テクノ貴族による統治であるテクノクラシーでもない、多数の人のコラボレーションで創造性で多様性にあふれた新しい世界を目指す方向性を主張した本。

かつて、インターネットが登場したとき、世界中の人々を結びつけ、話し合いを促進し、いろんな知恵を集めて、民主主義を発展させると期待されていた。しかし、現実に起きたのは、自分と同じ考えの人たちが集まってエコーチェンバーと化し、他のグループと話し合うことはなく、それどころかお互いに攻撃し合う世界だった。

巨大テック企業は、この状態を放置するならまだしも、サービスの利用時間を増やして収益をふやすため、わざと憎しみを助長するようなアルゴリズムを組む始末である。そして富豪となったテクノエリートは、自分だけが良ければよいというようなリバタリアン的な発想や、自分たちテクノエリートが社会を統治すればいいというテクノ貴族による政治を唱えている。

そんな中、台湾だけが、インターネットで民衆の意見をまとめ、それを実際の政策に反映させるという離れ業をしてみせたのである。その中心にいたのはデジタル担当相になったオードリー・タンだ。彼女は2016年以降、vTaiwanというデジタルツールを使って、28の問題について討議を行い、その80%が政策に反映されたという。その議論には最大で20万人が参加したという。実に台湾の人口の1%だ。

つまりやろうと思えばできることを彼女は示した。こうして台湾はデジタル民主主義で世界の最先端になり、希望の星になったのだ。

彼女はどのような理念でプロジェクトを進めたのか。

彼女の基本理念、それはプルラリティだ。プルラリティとは、多元性とか多様性とか、いろいろな意味を含んでいるので、この本では「⿻」という記号で表現されている。(なお、この⿻のUnicodeはU+2FFBである。)彼女は異なったものが出会うときに創造性の火花が発生すると信じていて、多様性が確保されていることが必要だと信じている。そして、その多様な人々をつないで、協調させるのが、各種のデジタル技術だ。

とはいえ、この本を読めばデジタル民主主義の全貌がわかるかというと、そうではない。じつはこの本はプルラリティを実現するためのいろいろなアイディアを集めたカタログ集のようなものなのだ。デジタル民主主義は市民のあらゆる分野に影響を及ぼすもので、とても1冊にまとまるものではないのだ。

たとえば、どうやってオンライン上で個人を特定するか、という問題がある。通常は政府が一人ひとりに番号を割り振るという方法が取られるだろう。しかし、このような中央集権的な方法は⿻的には好ましくないとする。分散的にIDを保証するものとして、普段つながっている職場や協会などを検証機関として使って、多極的に保証することができるというアイディアが示されている。世界に10万の検証機関があれば、100億の人口のIDを保証することができるのだとか。つまり個人を社会とのつながりの中で特定しようという発想だ。

もう少しデジタル民主主義よりの話をすると、多様性を確保するためにはどの程度の人数を確保すればいいのかという話がある。十分な多様性を確保するには、人口の平方根の数があればいいのだそうだ。世界人口の100億人なら10万人だ(IDの検証機関の数と同じ)。日本の人口が1億人なら1万人という規模になる。そうすると、それだけの人数が議論できるような技術を開発すれば良いということになる。こういう人数的な数値が明らかになるだけで、どういうことをしなければいけないかがかなりはっきりするんじゃないか。台湾のvTaiwanでは最大で20万人が討議に参加しているから、できない話ではなさそうだ。

しかし、この本は台湾の経験の内容があまりに多い。たとえば、こういうデジタル的な討議をしたとして、それをどのように政策に反映していくかは全く議論されていない。

台湾では、デジタル相のオードリー・タンが政策に結びつけていたのだから、可能だったのだろうが、日本のデジタル大臣がこれを牽引するだろうか。議論してもまったく政策に反映されないようでは、議論は盛り上がらないだろう。議論を牽引する担当の力量に大きく左右されるに違いない。そのためにAI等を活用するという話なんだろうが、うまくいくのか不安だらけだ。(なお、この本では手垢がついたAIという言葉は用いずに、GFM(生成基盤モデル)という言葉を用いている)。

議論の進め方も、もしかしたらオードリー・タンの驚異的な知力でのみ可能な方法で、簡単に一般化できる物ではないのではないかという疑いが生じる。

この本の民主主義では、三権分立などの民主主義の基本的な構造は変えずに、デジタル化でいかに拡張していくかを考えているようだ。そういう意味では、行政上の様々な処理がいちばんデジタル化にマッチしている。プルラリティはまずこの行政の分野で行われるんじゃないかな。そして政府の委員会の議論をもっと大勢の参加者で議論するというイメージのようだ。

なかなか大変だと思うけど、デジタルなツールがどんどん発展して、民主主義の未来に貢献できることを期待しています。そのためには、やはりこの分野への公的な資金援助が必要になるでしょう。ぜひ、日本政府もデジタル庁で予算を組んでほしい。

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