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貧困と脳 「働かない」のではなく「働けない」

鈴木大介 幻冬舎 2024.11.25
読書日:2025.8.10

貧困者の中には、突然脳の機能が低下して、自分でもわけがわからず、周りも理解できないままに貧困に陥ってしまったひとがたくさんいるのではないか、と指摘した本。

貧困問題をメインに取材していた著者の鈴木さんは、2015年に脳梗塞を患い、脳の機能が不自由になってしまう。生活全般の処理に苦労するなか、かつて取材した貧困者たちが、同じ症状だったことに気が付き愕然とするのである。

脳が不自由になるって、いったいどんなふうに脳機能が低下するのだろうか。あくまでも鈴木さんの場合だが、次のようになったのだそうだ。

まず短期記憶の機能がなくなる。すると、あることを覚えて目を離すと、その瞬間に忘れてしまう、ということが起きる。

たとえば、スーパーのレジで精算金額を見る。そして視線を財布に移すと、その瞬間に金額を忘れてしまう。そしてそれを確認するためにもう一度見ても、また忘れてしまう。その結果、すぐに終わるはずの精算に恐ろしい時間がかかってしまう。そして後ろの客が苛立ったりすると、焦ってしまい何もできなくなる、といった感じだ。

短期記憶がなくなると、忘れないようにメモを取ることも困難になる。忘れものしないように、玄関になにか置いておくと、それが何だったかも忘れてしまう。

印象的なのは時間が溶ける感覚だ。ある時、著者は仕事で自宅から車を出そうとしてエンジンをかけたが、忘れ物を思い出して取りに戻ったという。ところが、ふと気が付くと、時間が30分以上経過していたという。その間、自分が何をしていたのか全く記憶がない。ただ時間が溶けてしまったのだ。そのころは寒い季節だったが、おかげで車の中はすっかり暖かくなっていたそうだ。もちろん、約束の時間には間に合わなかったそうだ。

こんな状況だったから、遅刻は当たり前になり、スケジュール管理もできなくなり、ダブルブッキングも当たり前になったそうだ。

そして、事務処理能力の恐ろしいほどの低下が起きた。著者の鈴木さんの場合、普通の文章の作成にはなんの問題もなかった。だから本の執筆は何冊もしていた。ところが単純な書類の作成、たとえばマイナンバーカードの申請といったことすらできなくなってしまったのである。どこになにを書けばいいのか、まったく理解できなくなるんだそうだ。役所の説明書はあまりに難しすぎるのである。

鈴木さんは、この状態を、「圧倒的な不可能感」と表現する。ともかく圧倒的に無理ゲーなのである。

そういう脳の機能が低下した状態で、鈴木さんが思い返すのは、かつて貧困者を取材した人たちの中に、そっくりな症状の人がいたことである。仲間と一緒に会社を共同で創業して、ばりばりと仕事をしていた女性がいたそうだが、その人が突然そのような状態になったのだという。結局、仕事は辞めてしまっているが、事務処理ができないので失業保険すらもらっていないという驚くべき状況だったという。

その時は単純に貧困者に話を聞いて、多重債務の状況とか、多重債務になるとどうすればいいかなどの取材をしていただけなのに、えんえんと、私はかつてできていたのに、できなくなってしまったという話を聞かされたのだそうだ。狙い通りの話は聞けないし、しかも約束の取材の時間にも遅れるしで、散々だったという。

しかし、その話は、いまとなっては、自分の経験とピタリ重なるという。

彼女が実際、どんな病気だったのかはわからない。しかし、このようにあるときに突然、脳が不自由な状態になり、貧困に陥る人がたくさんるのではないかと著者は推定している。具体的に調べたわけではないが、この内容を発表すると、大勢の人から同じ経験をしたという話が送られてきて、著者の鈴木さんは確信を深めている。

生まれつき発達特性などに問題がある場合は、人生の早いうちに病名がついて、国や自治体の支援体制が取られる。だが、問題は成人になってそのような状態になった場合だ。著者のように脳梗塞のような明らかな場合は別にして、きちんと仕事をしていたひとが、あるとき突然仕事ができなくなっても、たんにさぼっているとかやる気がないとみなされて終わってしまう。

こうした症状にむりに病名をつけようとすると、現代では安易に「うつ症状」などとされて、抗うつ剤を処方されて、依存症になってしまったりする。

著者の場合、妻が発達特性の人だったので、妻の理解と支援を得られて、復帰することができたけれど、周りに誰も支援者がいない場合、このような状況に陥った人は、事務処理能力がないので行政に助けを求めることもできず、簡単に貧困に陥ってしまうことは明らかだ。

妻の支援だけでなく、鈴木さんには、ある程度貯金があったこと、フリーランスであり仕事における自分の裁量が大きかったこと、編集者との間に信頼関係をすでに築けていたこと、などが幸いしていたが、どれ一つとっても欠けていたら自分も貧困になっていただろうという。

この本で残念なのは、内容が自分の体験と過去の取材のことだけで、じゃあ、そんな人が実際どのくらいいるのか、どういう病理でそうなる人が多いのか、などという資料が全くないことだ。著者にしてみれば、あちこちの記事で書いた読者の反応から、エビデンス的には十分だ、というのだが。

まあ、たしかに著者は医療関係の専門家でないし、脳が不自由になったといってもいろんなパターンがあるだろうからまとめるのも難しいし、著者の扱える範囲を越えているのかもしれない。著者にしてみれば、世の中にこのようなことがあるということを訴えるだけで十分なのかもしれない。

誰か、続きの調査をしてくれないかなあ。

仮にわしがこうなったら、きっと痴呆が始まったと正しく判断されるでしょうね(笑)。年少者や老人ではなく、働き盛りの人の脳が不自由になる場合について認知されていないのが問題ですね。

★★★★☆

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