ダロン・アセモグル、サイモン・ジョンソン 訳・鬼塚忍、塩原道緒 早川書房 2023.12.25
読書日:2025.8.4
技術革新が起き生産性があがるたびに、その成果を一部の人が独占するかそれとも皆で分け合うかという問題が発生するが、どちらになるかは選択の問題であり、デジタル・テクノロジー、AIの現代でもその選択は可能だ、と主張する本。
「自由の命運」のダロン・アセモグルの最新作である。「自由への命運」では、自由な社会であるには国家と社会の間にバランスが保てれていなくてはいけないと主張し、その条件をみたすのはなかなか難しいのだ、という話だった。どちらかというと、悲観的な印象のある話だった。
通常、テクノロジーが発展することは良いことだとされている。なぜなら、時間的なずれはあるかもしれないが、結局はそれはすべての人に恩恵をもたらすと考えられているからである。この単純な考え方をアセモグルは「生産性のバンドワゴン」と呼ぶ。
生産性のバンドワゴンは次のように機能すると考えられている。生産性が上がると企業は生産量を増やしたいと考える。そこでより多くの労働者を雇うとする。その結果労働者の賃金が上がって、全員が恩恵を受ける。
しかしそうではないのである。テクノロジーの進化があったとしても、その成果をどのように分けるかは、その時々で異なる。
例えば、中世のヨーロッパである。
中世という時代は一見、停滞していたというイメージがあるが、実際には、輪作、風車や水車、蹄鉄、織機、手押し車、冶金術などのテクノロジーの進歩があり、余剰生産量は大幅に増えていた。しかし農民は貧しいままで、余剰生産物は人工の5%程度のエリートが手に入れることになった。とくに教会がその成果を手に入れ、各地に大聖堂が建てられることになった。
つまり、生産性バンドワゴンは機能しなかったのである。
これは貧農たちに交渉するような力がなかった一方、エリートたちにとっても彼らに恩恵を与える理由は存在しなかったからである。それどころか、エリートたちはもっと豊かな暮らしがしたいと欲望し、彼らから搾取する量を増やしたので、農民はさらに貧しくなった。たとえば風車はエリート(教会)が独占している場合が多く、教会はその利用料をあげて農民から富を絞り上げた。
貧農たちが力を得たのは、黒死病により農民の人口が激減して、労働力が大幅な不足になったときである。よい賃金を払ってくれる領主のところに移動する自由を得たので、領主のほうも賃金を上げざるを得なかったのである。つまり、テクノロジーは関係なかった。
産業革命の場合はどうだったのだろうか。
産業革命は従来のエリート階級でない起業家やエンジニアたちによって起こされ、彼らに成功をもたらした。彼らは新しい階級、中産階級になったが、金持ちになった彼らが欲したのは社会的な地位であり、王侯貴族のような生活をしたいということだった。つまり彼らはより豊かな生活をしたいという欲望があり、貧乏な労働者に成果を分け与えようというビジョンはまったくなかった。
したがって、中世の場合と同じく、労働者たちはより厳しい生活を強いられる状況にあった。つまり労働者たちは賃金をさらに減らされ、より長時間労働を強いられることになった。
それだけでなく、いままで高賃金を得ていた職人たちは、機械の置き換えによってその職を失うことになった。その結果いわゆるラッダイト運動が起きたが、状況は変わらなかった。テクノロジーが単純に労働者の置き換えになると、生産性バンドワゴンの効果はないのである。
状況が好転したのは19世紀の後半からで、ひとつには外国との戦争でイギリス人の兵士の体力が問題になったかららしい。公害や劣悪な公衆衛生のせいで、労働者階級の兵士は外国の兵士にたいして見劣りがしたのである。また、あまりに劣悪な、とくに子供の労働環境が議会で問題となり、子供を働かせることを禁じる法律ができるなど、生活の環境を改善しようというビジョンが生まれてきた。
また労働者が団結するという労働運動のビジョンが生まれた。労働者は工場の1か所に集まっているから、団結するということは可能だった。こうした労働者の組織化は政治を動かした。
そして、19世紀後半の中心テクノロジーは鉄道であり、鉄道はこれまでのテクノロジーと異なる面があった。鉄道は単なる労働者を置き換えるオートメーションのテクノロジーではなく、鉄道とその周辺に多くの新しい仕事を生み出して、人々にそれを提供するようなテクノロジーだったことである。馬車など、鉄道により失業する人も出てきたが、それ以上に多くの仕事を生み出していた。
このような広範なよい影響を及ぼすテクノロジーは、電気や自動車でも起こった。このようなテクノロジーはまさしく生産性バンドワゴンを形成していた。
こうして、2度の世界大戦と大恐慌をがあったものの、20世紀の中頃には(先進国限定だが)、多くの労働者が中産階級の暮らしができるようになったのである。
つまり、こういうことである。
・テクノロジーはそれだけでは自動的に多くの人に恩恵を及ぼさない。生産性バンドワゴンを起こすような制度やビジョンが必要だ。
というわけで、現代のコンピューター、デジタル・テクノロジーの話である。
1980年代以降、これまでのテクノロジーが人々の暮らしを良くするという流れがすっかり変わってしまった。コンピューターは電気と同じように汎用的な技術で、我々の生活のあちこちに入り込んでいるが、しかし単純に労働者の置き換えになっているにすぎず、生産性バンドワゴンになっていないという。コンピューターの置き換えによる効果は、そこそこのオートメーションといえる程度であり、生産性はそれほど向上していないという。(生産性パラドックスとして知られている問題)。
このような単純な置き換えに終わっているのは、アメリカで労働運動が低調になり反対する勢力が弱くなったからだ。現代では通信技術により労働者たちは分散しており、工場のように1か所に集まることがないのも労働運動を低調にしている。
また、経済のビジョンも株主価値を最大化するという新自由主義的なビジョンに変わってしまい、その結果、経営者の発想は、労働者を機械に置き換えて人件費を削り、利益をあげるという方向になってしまったからだ。
しかし、そうでなければいけない理由はない。例えばドイツでは、オートメーションで置き換えた労働者を再教育して、新しい仕事を与えるようにしている。だからアメリカでもそのようにできるはずだが、そうなっていない。
さらに、デジタル・テクノロジーにより民主主義が重大な危機に直面している。民主主義が機能していないと、オートメーションに置き換えに反対する対抗勢力を形成できない。
かつては、人びとはひそかに集まって相談することは可能だった。しかし、デジタル・テクノロジーは簡単に人びとを監視することに利用でき、対抗的な動きはすぐに察知されてしまう。この結果、民主主義が脅かされている。中国のような権威主義的な国家はもちろん、アメリカでもおなじようなデジタル的な監視を行っている。したがって、デジタル・テクノロジーは世界をパノプティコン(監視)のディストピアに落とそうとしており、これが民主主義を破壊している。
それだけでなく、デジタル・テクノロジーを駆使しているプラットフォーマーは、人びとの対立をあおるようなアルゴリズムを採用することによって民主主義を破壊している。対立をあおるのは、怒りや憎しみの感情を引き起こすと、そのプラットフォームの使用がさらに増えるからで、この結果、人びとの意見が過激化して、民主主義を脅かす。プラットフォーマーは民主主義を犠牲にして利益を得ている。
プラットフォーマーは、昔のエリートと同じように単純に人びとから搾取もしている。彼らは人びとからプライベートなデジタルデータを盗み、それを広告に利用するとともに、様々に加工して利用して、搾取している。
というわけで、デジタル・テクノロジーを運用している現代のエリートは、いまのところ、かつてのエリートと同じで、人びとの幸福に貢献するというビジョンはまったくない。したがって、格差は広がる一方である。
これはテクノロジーが悪いのではなく、それを適用する方向性が問題なのだと著者たちはいう。そして、デジタル・テクノロジーもいまならその方向性を転換して、人びとの平等に貢献することが可能だというのだ。
その方向性の転換を促す政策を列挙すると、以下のようである。(さて、みなさん、どう思いますか?)
・助成金による市場刺激策 1.監視目的のテクノロジーに特許を与えない。プライバシーを守るテクノロジーには助成。2.労働分配率をあげるテクノロジーには助成。3.単純な置き換えではなく新しいタスクを生むテクノロジーには助成。
・税制改革 アメリカでは労働者の平均税率は25%で、機械やアルゴリズムへの投資の税率は5%で、労働者を置き換えるほうが有利になる。これを25%あげて、そうしたくなる誘引を減らす。あるいは労働者給与の全面的な減税。
・労働者への投資 労働者に教育を行った場合は減税する。
・政府のリーダーシップ (環境政策のようなイメージらしいが内容曖昧)
・プライバシーの保護とデータ所有権の確立 データ所有権が確立されれば、ユーザーが自分のデータから利益を得ることを保証できる。
・通信品位法230条の撤廃 配信している内容に責任を負わなくてもいいという法律で、プラットフォーマーの言い訳になっているから廃止。
・デジタル広告税
・富裕税
・セーフティネットの強化 ただしユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)には否定的。
・教育 機会の少ないひとにはチャンスになるが、人びとがテクノロジーについていくのではなく、テクノロジーが人びとのスキルを活用する方向に行くべき。
・最低賃金 賃上げしたらかえって労働者をオートメーションに置き換える誘引になるので慎重に行うべき
・学術界の改革 大手テクノロジー企業の援助が問題なので、政府の助成金を増やすなどして、学術界の独立と自治を回復させる。
うーん。わしにはこれらの対策でうまくいくとは思えないなあ。デジタル所有権の確立は新しくていいかもしれないけど、それ以外はどうなんでしょうか。どれひとつとっても難しそうで、そもそもできるんかい、という気もします。
なにかもっと劇的な物語の転換が必要な気がします。
さらに言うと、デジタル・テクノロジーで広がる新しい仕事ってなんなのかについて、この本ではイメージが掴めません。人間が中心でデジタル・テクノロジーがサポートするような仕事、というような表現もあるけれど、それって何? 著者にも具体的なイメージが湧かないのかもしれない。
なお、デジタル・テクノロジーを民主主義に適用した顕著な例として、オードリー・タンの例が出てきます。やはり彼女が期待の星なのか。
★★★★☆

