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夢を叶えるために脳はある 「私という現象」、高校生と脳を語り尽くす

池谷裕二 講談社 2024.3.26
読書日:2025.7.10

脳研究者の池谷裕二が、高校生に三日間、脳について講義を行い、「夢を叶えるために脳がある」という言葉の意味が普通とは違って見えてしまうまで語り合った本。

池谷裕二は、「あらゆる生物は生きているだけで価値がある」という。しかし、これを言葉通りに捉えてはいけない。彼がいうのは、次のような意味である。

宇宙はエントロピーが増大していき、ついには熱的平衡死に至るのが究極的な目標である。生物は、自分自身はエントロピーを下げることで存在しているが、そのために常に周囲からエネルギーを得てエントロピー増大させているので、生物は全体としてはエントロピーの増加を加速させている。そうすると、あらゆる生物は宇宙の熱的平衡死という目標を達成するのに貢献している。だから、あらゆる生物は生きているだけで価値がある、というのである。

宇宙の熱的平衡死をこのようにポジティブに捉えるのはおそらく少数派だろう。このように池谷さんは、普通とは違った捉え方をする人なのである。

例えば、睡眠。

なぜ生物は眠るのか、という問題に対して、池谷さんは問いの立て方自体が間違っているというのだ。普通、眠るのは眠っている間に脳が記憶を定着させるため、などというような解釈がなされる。しかし、じつはヒドラや海綿のような脳がない生物も眠ることができる。だから眠るのに脳は関係ないという。そして植物は常に眠っているような状態である。そうすると、じつは生物は眠っているのが常態で、起きているのが普通ではない、と考えるほうが筋が通っているという。したがって、立てるべき問いは「なぜ眠るのか」ではなく、「なぜ起きるのか」なのだというのだ。

さてこの本の題名の「夢を叶えるために脳がある」という言葉の意味である。普通は、「将来に夢を持ち、それを実現させる」という意味だと思うだろう。しかし池谷さんの意味はそうではない。これは脳が現実を作り出すとはどういうことかを表しているのだという。脳は身体から電気信号を受け取って、現実世界がどうなっているのかを推測して、仮想現実という虚構(夢)を作り上げている、現実とは夢そのものである、という意味なのである。

脳は自分のために、自分の閉じた世界の中だけで現実という夢をつくりあげており、これはすごいことだけれど、茶番でもある、という。ヒトはいくら頑張っても脳の外に出られず、そのことに気づくすべもない。脳が作った映画に没頭してに溺れて陶酔しているのに、陶酔していることにすら気が付かない。それが「私」なんだそうだ。

というわけで、やっと題名の意味がわかったところがこの本の結論。

さて、この本には脳に関する最新の知見が満載で、それが、高校生に分かるくらいに、とてもわかり易く語られている。たとえば、わしが面白かったのは、人間は脳をどのくらい使っているのか、という話。

脳は神経細胞でできていて、神経細胞は一種のAD変換装置なんだという。神経細胞へは約1万の他の神経細胞からナトリウムイオンが入力される。ナトリウムイオンの量が一定のしきい値を超えると、神経細胞は発火して、つまり0から1デジタル信号に変換して次に伝えるという、ということをやっている。

しかし、ほとんどの神経細胞は入力がしきい値に達することはなく、静かなんだそうだ。ひとつひとつの入力が小さく、たくさんの神経細胞からの入力が集まる必要があり、なかなかしきい値に達しないからなのだ。これはつまり、神経細胞ひとつひとつが出力するナトリウムイオンの数が少ないことを意味している。

ところが、中には一個の神経細胞だけで次の神経細胞を発火させるくらい強力にナトリウムイオンを放出するスーパー神経細胞もあるという。そして、ほとんどの場合、脳で起きているのはこのようなスーパー神経細胞だけが働いているという状況なんだそうだ。

このように働いているスーパー神経細胞の割合を数えると、(なんと2年間コツコツ神経細胞を確認して統計を取ったそうだ。科学者の地道さには本当に呆れるばかり)、その割合は約20パーセント。つまり20対80というパレートの法則が成り立っているのだという。つまり脳は20%しか働いていないように見える。そうだとすれば、80%の脳の神経細胞は何をしているのだろうか。

残り80%は一見働いていないように見えるけれど、しかし、ときどき、スーパー神経細胞の決定を覆すことをするんだそうだ。こうして80%の弱い神経細胞はスーパー神経細胞の力を抑制しているのである。

ちなみにこれは大型の動物に特有の現象で、ハエなどの昆虫では、ほとんどがスーパー神経細胞だけでできていて、弱い神経細胞の割合は低いんだそうだ。ハエなんかはいつも決まりきった判断のパターンを繰り返していている。つまりスーパー神経細胞はそういうルーティンの行動のためにある。通常はそれでいいけれど、なにか周りの状況が変わったときにも、その変化に対応することができない。

ところが、大型の動物の場合は、そのようなまずい状況になった場合、大多数の普通の神経細胞は拒否権を行使するのである。つまり、大型の動物は、こういった仕組みで判断や行動を柔軟にすることができるのだそうだ。

これってなんとなく民主主義のように思えない? 普段は声の大きな政治家に任せているけど、なにかあったら民衆の声なき声は実際の声として立ち上がり、決定を覆す、みたいな。

しかし、そう思ったわしに、池谷さんはこうも忠告するのです。脳内で起きていることを社会の仕組みに普遍化してはいけませんよ、と。それは間違いなのです。

うーん、まあ、確かにそうですよね。

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