スティーヴン・S・コーエン J・ブラッドフォード・デロング 訳・上原裕美子 みすず書房 2017.3.1
読書日:2025.7.2
アメリカは建国以来、政府が実利的な方針で経済を再設計し、産業を保護して、それに乗った市民が大きくそれを広げることで成長してきたが、1980年代の再設計ではアメリカ史上はじめてイデオロギーで再設計をし、その結果伸びたのは金融業だけでまったくアメリカのためになっておらず、アメリカは実利的な視点に戻って経済を再設計しなくてはいけないと主張する本。
アメリカが実際にはけっこう保護主義的だというのは気がついていたが、建国以来、ここまで意図的に自国経済を成長させるための経済政策をとってきたというのは、ちょっと驚きだった。アメリカが小さい政府と自由主義的な経済の国であるというのは幻想である。
それどころか、日本をはじめとする東アジア各国の成長は、このアメリカの政策に習ったものだというのである。
こういう政策をアメリカに定着させた張本人は建国の父のひとりアレグザンダー・ハミルトンで、建国当時の初代財務長官である。(なお、ハミルトンの生涯に関しては大ヒットミュージカル『ハミルトン』に詳しい)。
建国当時、アメリカは農業国であり、特にイギリスから期待されていたのは綿の供給だった。ハミルトンは、このままではイギリスから経済的に自立できないとして、製造業を育てる政策を打ち出す。ハミルトン・システムと著者たちが呼ぶもので、次のようなものだ。
・高率関税で国内企業を保護
・関税収入を使ったインフラへの大きな支出で国内企業を支援
・州の負債の連邦政府の肩代わり
・ひとつの中央銀行
当時、ハミルトンがかけた関税率は25%だった。(くしくも現代のトランプ関税と同程度)。当時は輸送料自体が高く、関税と同じような効果を果たしていたので、現代なら50%以上の効果があったんじゃないだろうか。実際、19世紀に入って輸送費用が下がってくると、それに応じて関税率も上がっていき、最大で50%にまで達した。
当時も、小さな政府、自由経済が良いと考えていた人たちがいた。彼らが権力を握ったこともあった(ジェファーソンやジャクソン大統領など)。しかし、このハミルトン・システムは、めちゃ効果があり、このシステムに対する支持は高かったので、いちどこのシステムが確立すると、彼らがそれを覆すことはなかったのである。
こうした政府の強力な支援のなかで、アメリカ独自のイノベーションが起こり(非熟練工でも大量生産可能なアメリカン生産システムなど)、アメリカは強力な工業国家として頭角を表したのである。
アメリカが関税率を引き下げたのは、第2次世界大戦後のことで、このときにはアメリカの経済があまりに強力だったので、外国経済の心配をしなくても良くなったからである。
しかしそれでも、政府が青写真を描いて、資金を提供し、民間企業にリスクの高い事業に対して挑戦させるという伝統は、アイゼンハワーの時代まで続いた。ボーイングなどの旅客機(軍隊用の飛行機をそのまま転用したのだそうだ)、宇宙産業、コンピュータ、インターネットなどはその成果なのである。
これらの政府主導の経済政策は、明確な実利的なビジョンのもとで行われた。しかし、1980年代のレーガン時代に、実利的でない、イデオロギー的な経済政策が初めて出現したという。いうまでもなく、新自由主義革命である。規制を緩和し、政府の役割を小さくしたほうが良いという思想のもとに作られた経済政策である。
これも悪くはない成果もあった。たとえば航空産業の自由化で、飛行機代が安くなり、多くの人が旅行に行くようになった。しかし、金融の自由化だけは失敗だったと、著者らは言うのである。
1950年代ではGDPの3%ほどしかなかった金融業が、いまでは8%を超えている。そして増えた分は、単に金融商品が行ったり来たりしている量が増えただけで、実質的になにも新しいものは生み出していないというのだ。そればかりか、金融は非常に不安定になり、何年かおきに国民の税金で救済をしなくてはいけないような状況になっている。このような金融業による成長はやめて、かつての実利的な発想の経済政策に戻るべきだと著者らは主張している。
さて、この本の原著が出版されたのは2016年で、トランプが1回目の大統領に就任した年である。その後、トランプは関税を武器に、アメリカに製造業を取り戻そうとしていることはご承知のとおりである。
はたしてトランプの試みはうまく行くのだろうか。
最近読んだ本では、地政学者のゼイハンが2040年代にアメリカの製造業が大復活すると予想している。
一方、エマニュエル・トッドのように、アメリカの製造業は復活しないと断言している人もいる。エマニュエル・トッドは、アメリカはあまりにもドルを刷って外国から買うのが簡単すぎて、もう元に戻れないだろうというのである。
どちらが正しいのだろうか。
まあ、たぶん、どちらも半分あたっているのだろう。アメリカの製造業は復活するかもしれないけど、きっと、いまの製造業とは違うような形での復活になるんじゃないかな。
★★★★☆