ヘタレ投資家ヘタレイヤンの読書録

個人投資家目線の読書録

僕には鳥の言葉がわかる

鈴木俊貴 小学館 2025.1.28
読書日:2025.6.29

子供の頃から生物が好きで、高校生の頃にはお年玉で買った双眼鏡でバードウォッチングにはまり、一生鳥の研究で生きていこうと決心した鈴木さんが、どこにでもいるシジュウカラを使って、世界で初めて人間以外の動物に言葉があり、しかも文法を駆使しているということを卓抜な実験プランで証明するまでを軽いタッチで描いた本。

非常に軽いタッチで書いてありますが、これってノーベル賞級の研究成果じゃないですかね。数年後に彼がノーベル賞生理学・医学賞を取っていても、わしはまったく驚きませんね。しかも、この研究成果が大きな予算を使ったものではなくて、簡単な、しかしよく考えられた実験プランで行われているということに感心します。

これについてはNHKが『ダーウィンが来た』や『サイエンス・ゼロ』なんかで放送していて、大きな反響を呼んだものです。わしは『サイエンス・ゼロ』で見ました。そのときには、ふーんという感じで見ていましたが、しかしこうやってこの本を読むと、この発見の重大さに愕然としました。

たぶん、動物を飼っている人は、人間と動物がそんなに違うという気はしないと思うんですよね。基本的には同じような心と知性をもっていると思える。そして鳴き声を出す動物だと、まるで言葉を話しているような気がするでしょう。だから、きっとそんなに驚きはないと思うんです。さらに、人間以外の動物、例えばチンパンジーとかに手話を教えると、それなりの会話を行っているように見えます。が、しかし、動物が言語を使っていることを科学的に証明するというのは、とてもとても難しい。どんなに語っているように見えても、それは感情を表しているだけだと言われたら反論は難しいです。

シジュウカラの研究をしてずっとシジュウカラを見続けた著者にとっても、シジュウカラが言葉を使っているというのは心の底から信じていたけど、それを反論の余地がなく科学的に証明する方法を発見するのに2年の間もんもんとします。そして、ある日、ふと実験方法を思いつくんですね。

実験方法は次の通り。

シジュウカラはヘビがいると「ジャージャー」という鳴き声をだす。これがヘビを表しているということをなんとか証明したい。ここで、ヘビを見せてみて、「ジャージャー」と鳴いたとしても、それがヘビを表しているという証明にはならない。もしかして単に「危険!」ということを表しているだけかもしれない。

そこで、鈴木さんは、錯覚を使うことを思いつく。

シジュウカラの周りのどこにでもある木の枝にヒモをつけて引っ張り、木に登っていくような動きをさせてみる。鳴き声がなく、木の枝が動いているだけのものをみても、シジュウカラはなんの警戒心も持たない。当たり前である。見るからに単なる枝だからだ。

ところが、「ジャージャー」という鳴き声を聞かせて、木の枝を動かすと、シジュウカラは木の枝に関心を持って、その正体を確認しようとするのだ。これはシジュウカラの頭の中に、ヘビがいる、という先入観があるので、木の枝がヘビに見える、少なくともヘビかもしれないと思っていることを示している。

つまり、この実験は、「ジャージャー」という鳴き声から、シジュウカラが頭の中でヘビを思い浮かべているということを明確に表している。たんなる「危険」という感情ではなく、具体的な名詞を持っているということなのだ。

鈴木さんは、考えられるだけの反論を考え、それを確認する実験を行っている。例えば、木の枝の動きを、ヘビのような縦の動きではなく横の動きをするようにしてみた。もしも、木の枝がヘビのような動きをしていなくてもそれに注意をむけるのなら、「ジャージャー」はヘビを表していないのかもしれない。実験すると、横に動く枝には、まったく関心を示さなかったそうだ。

こうして、シジュウカラには名詞があるということがわかった。

これを論文に発表すると、まだ査読中だというのに、国際会議で査読担当の研究者がわざわざ鈴木さんをさかしだして、自分が査読していると明かした上で、すばらしいと褒めてくれたそうだ。それも、何人も。

さらに、モズなどの猛禽類がいるという意味の「ピーツピ」という鳴き声と、集まれという意味の「ヂヂヂヂ」という鳴き声を続けて「ピーツピ、ヂヂヂヂ」と鳴くと、みんなが集まってきてモズを威嚇するということが起きる。普段は個別に使っている鳴き声を組み合わせると、新しい意味になることを示している。文を作っているのだ。このとき、鳴く順番が重要だということも突き止めた。逆の語順で聞かせると、このような反応は得られなかったのだ。語順が大切ということは、これは文法を持っていることを意味する。

この論文に対して、鋭い反論が来たという。つまり、同じ鳥が鳴いていなくてもそうなるのか、2羽のシジュウカラが偶然に続けて「ピーツピ」と「ヂヂヂヂ」と鳴いても同じ反応をしたら、それは文を作っているとは言えない、というのである。そこで、スピーカーを2つ使って、実験をしてみたところ、同じ反応は得られなかったそうだ。したがって、一羽のシジュウカラが続けて鳴いた場合だけ有効であることが確認できた。

しかし、本当に言語機能を持っているのなら、聞いたことのない新しい言葉にも反応できるはずだ。言語とはそれなりに柔軟なもののはずだからである。しかしシジュウカラがこれまで聞いたことがない新しい言葉とは? 鈴木さんによれば、シジュウカラは2つの言葉を使ったパターンを200種類くらい持っているという。聞いたことのない、新しい組み合わせを見つけるのは難しい。

しかし、ここで鈴木さんは、とんでもない実験方法を思いつくのである。シジュウカラはコガラと混群を作って、協力しあって冬を乗り越える。そして、シジュウカラはコガラの言葉を理解できるのである。それでシジュウカラの「ヂヂヂヂ」に当たるコガラの「ディーディー」を使って、「ピーツピ、ディーディー」という自然には絶対にない言葉をつくる。シジュウカラはこのありえない言語を理解できるはずだと、鈴木さんは考えたのである。それは、わしらがルー大柴のルー語を理解できるのと同じだというのだ。ルー語では、「藪から棒」を「藪からスティック」と言うが、それでも通じてしまう。もしも本当に言語機能を持っているのなら、このシジュウカラ用のルー語も理解できるはず、と考えたのだ。

実験すると、思った通りの反応が得られた。「ピーツピ、ディーディー」というルー語に対して、シジュウカラは「ピーツピ、ヂヂヂヂ」というシジュウカラ語の場合と同じ反応を示したのである。これはシジュウカラに人間と同じような言語機能があることの、決定的な実験である。

鈴木俊貴は、「動物言語学」という新しい研究ジャンルを創り出したのである。やっぱりノーベル賞級じゃない?

この実験は結論をこうして書くだけならすぐに終わってしまうが、実験は何十羽という多くのシジュウカラに対して行うので、大変なのである。しかも1年のうちの特定の時期にしかできない実験もたくさんあるから何年もかかってしまう。しかし、この辺の苦労を鈴木さんは地道にやり遂げてしまう。もちろん、その苦労はユーモラスに語られる。この本にはユーモラスがあふれている。

アリの放浪記」でも思ったが、本当に生物学者の地道さには頭が下がる。もちろん生物学者だけではなくて、すべての科学者がそうである。

ごくわずかな人間だけが、こうした苦労を好き好んで行う。科学者はやっぱり大切にしなくてはいけない。

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