オドレー・デュストゥール アントワーヌ・ヴィストラール 訳・丸山亮 日本語監修・丸山宗利 山と渓谷社 2025.1.30
読書日:2025.5.22
アリの、特に餌を集める採餌アリの驚くべき行動と社会性の話と、それを解き明かそうとした研究者の奮闘の本。
わしも子供の頃、アリに魅了された者のひとりだ。まあ、砂糖をおいてみてそれに群がるアリを観察した程度であるけれど、なぜかアリって見ていて飽きないんだよね。これで、いろいろ実験とかしてみたら、わしも立派な生物学者になれたのかもしれないが、わしはぼんやりと眺めているだけだった。わしは概ねぼんやりしている子供だったからなあ。
しかし、なぜアリに魅了されるのかというと、やっぱりアリが集団で行動して、自分の役割を分かっていて、自分の責任を果たそうと賢明に働いているように見えるからだろう。そういう存在に惹かれるように、人間はできているんじゃないかな。なんというかアリには迷いがないからね。ある意味うらやましい存在じゃないだろうか。
というわけで、分子生物学とAIの現代になっても、アリの行動の原理を解き明かすために、研究者は泥臭い実験を行うのでした。しかも、そのほとんどは高価なものを使わずに、そのへんのホームセンターに売っているような安価な素材を工夫して実験を行ったりしている。
この本にはそういう創意工夫の実験の数々が語られているが、ひとつあげるとすると、著者のアントワーヌ・ヴィストラールがオーストラリアで行った実験だろうか。
もともとは、オーストラリアの砂漠の中で、ゴウシュウオオアリに自然の地形を使った入り組んだ自然の迷路を攻略させる、という実験を行っていた。しかし、実験の最中、砂漠の熱風のためにしばしばアリが吹き飛ばされるという事故が起こった。ところがアリたちは、吹き飛ばされた先から無事に巣に戻ってくる。どうやって巣のある方向が分かるのだろうか。研究者たちの頭に新たな疑問が起こり、追加の実験を行うことにする。
さっそく最寄りのホームセンターで板、雨どい、送風機を手に入れて、即席の実験器具を作ったのである。手順はこうである。クッキーにつられたゴウショウオオアリを送風機で特定の方向に吹き飛ばす。吹き飛ばされたアリは板にぶつかり、雨どいに落ちる。それを周りが見えないように黒い箱に入れて、別の場所で離す。そうやってアリがどっちの方向に進むのかを見る。
すると、アリは飛ばされた方向と反対側にちゃんと歩いていくではないか。アリは自分が飛ばされた方向を記憶しているのだ。でもどうやって?
知らない場所まで運ばれているので、アリが視覚の記憶で判断しているとは考えられない。また、飛ばされて空中を舞っているさなかに、方向を確認できているともちょっと考えられない。そこで飛ばされる瞬間に空の太陽の方向を見て記憶しているのだと仮説を立てた。これを確認するには、飛ばすときに空が見えないようなカバーをつけて実験を行えばいい。すると、空が見えないとアリはでたらめな方向にあるくようになり、仮説が確認できたという。よく見ると、吹き飛ばされる直前、アリは瞬間的に身をかがめる構えをする。そのときに方向を覚えているらしい。
なんというか、この辺に研究者の執念を感じるな。(そしてこの実験で論文を一件書いたのだろう)。
頭が下がるのは、彼らが個体識別のためにアリの胸に塗料を塗る作業を延々とすることで、塗料の色と塗り方を変えることで、1000匹程度の個体識別をする。なんとも根気のいる話だが、いっぱしの研究者ならそのくらいなんでもないのだそうだ。そして個体識別すると、一匹一匹のアリに個性があることが実にはっきりと分かるのだという。
アリは社会性を持っているけど、じつはそれはかなり単純なルールで実現されているらしい。その単純なルールに従っているだけで、全体として秩序ある効率的な動きができる。複雑性というやつだ。そのルールは遺伝子に刻み込まれている。
しかし、アリは遺伝子に書き込まれたルールで動くだけのロボットではない。これまで経験していない初めての状況でも柔軟に対応できるのだ。最も驚くのは、苦手なはずの水に果敢に挑戦して、泳ぎをマスターする個性的なアリがいるということだろうか。泳ぎ方にも個性があるが、あるアリは前足2本で水をかいて、後ろの足を揃えてそれを舵に使うという泳ぎ方をしたという。
こういう地道な実験で新たな発見はまだまだ続きそうだ。なにしろあまりにアリの種類と数が多すぎる。
そして、たぶん、最後に語られるアリが死ぬときの話は、ちょっと胸が詰まるのではないだろうか。そのときが来ると、アリは自分から巣を離れ、仲間たちが巣に連れ戻そうとしても拒否するんだそうだ。そうして一人で(一匹で)死んでいく。
この本はフランスでベストセラーになったそうです。
★★★★☆