ロン・リット・ウーン 訳・枇谷玲子、中村冬美 みすず書房 2019.8.19
読書日:2025.4.16
マレーシアからノルウェーに留学して知り合い、結婚して35年、突然愛する夫を亡くし呆然とした著者が、偶然受けた講座できのこに魅せられ、夫の死を受け入れられるようになるまでを語った本。
夫のエイオルフは本当に何の前触れもなく突然亡くなったのだそうだ。いつものように仕事にでかけ、事務所で倒れたのだという。入院するような病気ならば死を受け入れる時間もあっただろうが、もちろんそんな時間は与えられなかった。その後の数週間は、葬儀とか手続きとかで過ごし、知り合いからたくさんの言葉をもらったが、それらすべてが終わると、突然ポッカリとした空虚な時間が流れ始める。
やがて、著者は痩せ始める。これまで食事はいつも楽しいイベントだったが、それからは強制的な労働に変わってしまった。食事の時間は缶詰を口に運ぶだけのただの作業になったのである。著者は生きる意味を失ってしまったのだ。ノルウェーを去ってマレーシアに帰るべきかとも考えた。
きのこの講座を受けてみようと思ったのは、夫とそのことについて話したことがあったからだった。とくになんの期待もなくうけた講座だったが、野外実習で森にでかけきのこをかごいっぱい採集したとき大きな満足を味わった。特に、毒きのこをちゃんと見分けられたことに満足したそうだ。
やがて彼女はひとり森のなかできのこを探すときにフロー状態を感じるようになり、珍しいきのこや初めてのきのこに出会うとアドレナリンが放出されるようになったという。
きのこ愛好家たちのマニアぶりは激しくて、きのこの話で何時間も過ごせたり、ときには珍しいきのこを見るためだけに車で何百キロも移動するのだという。この熱狂はノルウェーに特有なのではなく、世界中のきのこ愛好家に共通の特性らしい。
そういうわけで彼女には新しい友達がたくさんできた。やがて彼女はきのこ専門家の試験を受けて合格し、いまでは教える立場になっている。そして、きのこ料理を振る舞うようになって、体重ももとに戻った。
夫エイオルフの命日の日、夫が何かサインを送っているような気がして花壇を見てみると、あたらしいトガリアミガサタケが出ているのを発見して、まるで天国にいる夫からキスされたような気になったそうだ。
この本は、もちろんきのこに関する話題が満載だけど、わしはとくにきのこに興味がないので、ふーんという感じで読みました。きのこそのものよりも、きのこマニアやノルウェー社会の話のほうが興味深かったです。たとえばリバティキャップ(幻覚作用のあるマジックマッシュルームのこと)のノルウェー社会の取り扱いとか。
どうもノルウェーではリバティキャップが普通に生えているらしいのですが、この幻覚作用を持つきのこへのノルウェー社会の対応は微妙です。ノルウェー人ってとても潔癖な人たちらしいのです。アルコールにはそれなりに寛容らしいのですが、ドラッグ関係には北欧の中でも厳しいらしい。
リバティキャップは昔の本には普通に載っていたそうですが、あるころから急にくわしい説明や写真の掲載が無くなってしまったそうです。このきのこは触れてはいけないアンタッチャブルな存在になってしまったらしい。
しかし著者は、それはおかしいという。古い本やネット上には情報があふれているから隠してもしょうがない。しかもリバティキャップにそっくりなドッペルゲンガーの毒きのこがあるから、正確な知識を身につけないと間違えて危険だという。そしてリバティキャップをどのくらい摂取したらどうなるかという知識も持っていないと、自分で人体実験するはめになる。
そういう著者の意向もあってか、この本にはリバティキャップの写真がちゃんと載っております。またリバティキャップのトリップレベルの表もついています。
この本にはきのこの写真がたくさん載っていますが、ほとんどのきのこは上から見たものと、かさの中がよく見えるように置かれたものが並んでいます。著者によれば、外側だけではきのこの種類の判別は難しく、かさの裏側を見ないと分からないからだそうだ。
★★★☆☆