ケイティ・ブレント 訳・坂本あおい 海と月社 2024.12.13
読書日:2025.3.15
(ネタバレあり。注意)
ロンドンのチェルシーに住む人気インフルエンサーのキティ・コリンズ(フォロワー数は数100万)には裏の顔があり、女性をおもちゃにしてひどい目にあわせる男をつぎつぎ殺してミンチにするシリアル・キラーなのだった、という設定の小説。
中身は無茶苦茶なんだけど、なんといっても「インフルエンサー ✕ シリアル・キラー」という組み合わせにインパクトがある。華やかな(たぶん)インフルエンサーの友達に囲まれていて、そういう虚業的な生活を覗き見する部分と、女の子なんてどうにでもできるという慢心した男たちに正義の鉄槌を下す爽快さ(たぶん)の組み合わせである。
まあ、正義の鉄槌というのは大げさか。最初はまとわりついた男を偶然に殺してしまうんだけど、そのときに殺しに目覚めて、次からは自分から積極的にひどい男を探して殺しに行くわけで、殺すのはほとんど自分が気分良くなるため。正義とは関係ない。お気に入りの武器は貝印ブランドの高級ナイフ「旬」なんだけど、貝印のひとはどう思っているんだろうか。
キティの人物設定もかなりむちゃくちゃ。キティはビーガン(菜食主義者)なんだが、その理由は子供のときに目の前で食肉用の動物が殺されたのを見せられたからだという。ところが、人を殺すこと自体は平気で、しかもその死体を解体するのもまったく平気である。なぜ動物だとだめで人間だとオーケーなのか、どうも納得できない。人間は食べるわけではないから平気ということらしい。最後の方に、動物を殺すこと自体には抵抗がない、と言い訳みたいなことが書かれてある。でもまあ、このくらいの矛盾はどうでもいいというか、矛盾が魅力になっているのかも。
殺人で一番問題になるのは死体の処理だけど(人間の身体ってものすごく量が多くて大変)、このへんはキティの一族が食肉業界の大物という設定で、夜更けに工場に死体を運び込んで、ミンチにかけて死体を消滅させるということになっている。いくらオーナー一族でも、食肉工場に鍵ひとつで入れて、夜は誰もいないなんてことがあり得るのだろうか。でも、人間をミンチにするというのはクライムミステリーの定番だから、まあいいでしょう。
彼女らの恋についてもさんざん語られる。友達たちはつぎつぎ恋をしているようだけど、キティ本人はかつて最初の恋でこりて、次の恋に移れないらしい。ところが、キティの好みの男性というのが非常にレベルが高いのである。美形なのはもちろん、知的レベルがものすごく高く、意識も高い男性でないと恋に落ちないのだ。自分はそのへんの男とはちゃらちゃらしないということかな。なんとも贅沢な話。
キティの最初の恋人アダムは新進気鋭の小説家だったが、ほかの女性に気持ちが移ってしまい振られた。そしてこの作品で登場した新しい恋人チャーリーは、慈善団体の設立者という設定(本人はともかく一族は金持ち)。
キティは高級住宅街のチェルシーの高級マンションで一人住まい。父親が行方不明、母親は南フランスに新しい恋人といるという設定。ふだんの移動は自車かウーバーで、電車に乗ったことは過去に1度だけなんだそうだ。
この本の後半に、キティの生い立ちと家族および最初の恋人の末路が描かれて、キティの根本的にサイコな部分が語られるけど、たぶんこれはあとづけ。「クリープ」というキティの追いかけ回す謎のストーカーもお話の鍵を握っているけど、それも物語の味付けという感じ。やっぱりこの小説の魅力はインフルエンサーの殺人鬼というキャラクターを創ったことにつきます。
チャーリーとの恋がうまくいって、もう殺人はおしまいと決意したキティですが、最後にまたひどい目にあった女性の話を読んで、むくむくと殺人鬼の心が湧き上がってきたところでお話はおしまい。これは続編があるなと思ったら、もう英語圏では出版されているそうです。ふーん。
しかし、女性の読者はこの話を読んで、スッキリするんですかねえ。わしはどちらかと言うと、キティの新しい恋人になったチャーリーが大丈夫かなあ、と心配になりました。まあ、続編が翻訳されても読まないと思いますが。
お話にはいろんなブランドやらおしゃれ関係の用語が出てくるので、そういうのに疎いので、ググりながら読みました。(ググるって死語?)。インフルエンサー内の格差も鮮明で、フォロワー数万人レベルはエキストラと呼ばれ、名前も覚えてもらえないんだとか。
ともかくインパクトは抜群なので、そのうち映画かドラマになるかもね。
★★★☆☆