モンティ・ライマン 訳・塩崎香織 みすず書房 2024.11.18
読書日:2025.3.10
痛みは身体の損傷が起きたところで発生するのでなく、脳により作られるので、脳が学習すると僅かな刺激で鋭い痛みを作り出して慢性的な痛みとなる。したがって、慢性の痛みを取り除くにはより強力な薬の処方ではなく、脳の配線を変えることが有効だと主張する本。
わしは膝が痛くなったことがある。
わしはあまりエレベータを使わず階段を使う。ところがある頃、階段を6階以上登ると膝が痛みだす、という現象が起きるようになった。本当に5階まではなんともなくて、ピタリと6階から痛むのである。
実に不思議だった。なぜなら建物によって階段の段数はいろいろ違っているのに、膝はどうやっていま6階ということがわかるのか。
この本を読んで納得した。6階かどうかは脳が判断しているのである。そして、脳はこう考えているのである。
――以前、6階まで登って膝が痛んだことがある。そしていま6階である。そろそろやばいに違いない。
そうしたところにちょっとした信号が膝から来ると、脳は「そらきた、予想通りだ!」と判断し、痛みを作るというわけである。
ちなみに今は6階以上登っても膝は痛くない。わしは6階で膝が痛むことにいらだって、痛みを無視することに決めたのである。そうするといつの間にか、痛みはどこかへ行ってしまった(笑)。
というわけでわし的には、この本のいう、痛みは脳で作られる、というのは非常に納得である。痛みとはとても脳科学的な現象なのである。
ちなみにこの本によると、膝の関節に異常が生じていても痛みを感じていない人がけっこういるのだそうだ。脳が重要でないと判断すれば、実際に損傷が生じていても痛みは発生しないのである。
痛みが脳科学的な現象だとすると、その定義はいったいどうなるのであろうか。国際疼痛学会の定義は、
「実際の組織損傷もしくは組織損傷が起こりうる状態に付随する、あるいはそれに似た、感覚かつ情動の不快な体験」
だそうだ。
現代は、慢性的な疼痛がパンデミックのように蔓延している世界で、その中でももっとも問題なのは腰痛だそうだ。一度腰痛を患った患者は、その損傷が医学的に解消されていても、やはり痛みを訴えるという。普通の医者には、より強い薬を処方する以外の方法はちょっとない状況である。しかし、間違った痛みを脳が作り出している場合は薬は効果がないのである。こうした薬を与えるのは依存症という問題もあるので、なかなか難しい。
こういうとき、医者が、「あなたの身体には何も異常がありません」と言っても無駄である。ましてや、「痛みは脳が作り出しているから」などと言うと、「つまり気のせいだというのですか」と逆ギレされるかもしれない。痛みは実際にあり、そしてそれはたぶん激痛だ。なので、医者の対応は難しくなる。
こうした持続的な痛みがなぜ現代でこれほど蔓延しているのか。これには、わしらの生活が安全で痛みがほぼない世界に住んでいることが大きいようだ。痛みに慣れていないのである。このような状況で強烈な痛みを経験すると、回復後も脳が過剰に反応するという状況が発生しているのだろう。これはまるで生活環境が清潔になって雑菌に触れる機会が減った結果、アトピーなどの自己免疫的な症例が増えたのと似ているのかもしれない。
そういうわけで、実際には薬の処方をしながら、脳に大丈夫だと納得させるような心理学的な方法をとる必要がある。脳が納得して、緊急信号を出さないように訓練するのだ。これは、依存症とかPTSDの治療に似た部分がある。ちなみに著者はIBS(過敏性腸症候群)だったそうだが、催眠療法がとても良く効いたそうだ。
瞑想やVR(バーチャルリアリティ)なども有効だが、間違いなく良い結果を与えるのは運動だそうだ。いきなりやるのではなく、少しずつ運動の幅を広げて、脳に大丈夫と納得させるのだそう。
その他にも、この本には痛みに関するいろいろ興味深い話が満載だ。たとえば、無痛症という痛みをまったく感じない人の話とか(こういう人はほぼ成人を超えて長生きできない)。
プラセボ(偽薬)がなぜ効くのかという話も興味深い。自分の飲んだ薬が本物だと信じていれば本物のように効く、というのは、まあ理解できないでもない。しかし、本人に、これはプラセボです、と明言して与えても効くのだそうだ。これをオープン・プラセボというそうだが、なぜ効くのか納得できる説明はまだないそうだ。(なので偽物と明言して偽物の鎮痛剤を与える治療があり得る)。
あるいは腕や脚を切断したあとに、無くなった腕や脚に起きる幻肢痛(ファントムペイン)の話とか。この治療には、ミラーという単純な方法で良い方の腕を反転させて2つ作って、自分の腕は問題ないと思わせると、幻肢痛はとても良く改善するという話が載っている。(まあ、これは結構知られた話だけど)。
というわけで、この本はなかなか面白かったです。
★★★★☆

