アンドレアス・ワグナー 訳・太田直子 早川書房 2024.9.20
読書日:2024.12.14
生物の中では遺伝子は常に進化していて、猛烈な勢いで新しいタンパク質を作り出しており、それらのほとんどは役に立たずに眠っているが、環境が変化してたまたまタイミングが合うとそれらは役に立つことがあり、定着する。つまり、環境が変わってから進化するのではなく、常にイノベーションが行われており、あとはタイミングだけが問題なのであり、それは人間の文化や発明についても言えることだと主張する本。
生物によっては膨大なDNAを持っていて、実際に使われているのは数パーセントだったりする。人間では2パーセントぐらいだそうだ。しかしDNAはコピーミスがあったり、他の生物から取り込まれたりして、常に変わっていく。もちろん、生きていくのに絶対に必要な重要な遺伝子は厳重に守られて、修復がなされるが、そうでない遺伝子がたくさん存在している。このような遺伝子は中立遺伝子と呼ばれて、変化が起きても放っておかれる。(なので、中立遺伝子同士を比べると、ある種が別の種から別れてからの時間が分かったりする)。
DNAの中で遺伝子(タンパク質の情報)がどこにあるかは、始まりと終わりのコードが決まっていて、その間にあるのが遺伝子である。ところが、この始まりのコードと終わりのコードも偶然できることがあり、このような場合にも新しい遺伝子ができる。
このような遺伝子がどうなるかというと、じつは片っ端からタンパク質に合成されているのだそうだ。そういうわけで、生物の細胞には、役に立つかどうかわからないタンパク質がたくさん存在しているらしい。実際、ほとんどのこうしたタンパク質は役に立たない。
ところが、環境が変わったときに、たまたまそのタンパク質が役に立つ時があるのである。たとえば、ある毒物にさらされたときに、その毒物を細胞外に排出する機能があったりする。そうすると、この細胞は生き延びることができるのである。
この細胞がある細菌であり、毒物が抗生物質だったりすると、この細菌はその抗生物質の耐性菌ということになる。ここで大事なのは、耐性菌は抗生物質にさらされたから進化したのではなく、あらかじめ準備がされており、その準備ができているものが生き残るということである。
新しい抗生物質が誕生してもすぐに耐性菌が現れるのはこういうわけなので、耐性菌との戦いはほぼ絶望的なものなんだそうだ。なにしろ、抗生物質ができたときには、もう準備ができているわけなのだから。
というわけで、生物は猛烈な勢いでつねに新しい可能性を準備しており、ほとんどの場合はそれは眠っているが、ある時機を得るとそれは開花するということが起きる。
また、こうしたタンパク質は設計がけっこうユルユルなのだという。例えば、ある毒物を排出するタンパク質は、似たような別の毒物にも有効な場合が多い。ピッタリ当てはまっている必要はないのである。なので、あるタンパク質をべつの機能として使うということもしょっちゅう起きる。
こういうある機能を別の機能に応用することは生物の中ではよく起きることで、これもあらかじめ準備されていたイノベーションの範疇に入る。
例えば、位置(座標)を認識する機能は生物の基本的な機能なのだが、この機能は座標を柔軟に設定すればパターン認識機能にも使えるのだ。人間の認識機能は、こうしたマッピング機能に大きく依存している。
(参考)
www.hetareyan.com生物以外にも、似たような例はたくさんある。車輪のような技術も何度も発明されたけれども、実際に大きく開花したのは、自動車が普及してからだという。科学の世界で、発見が何十年も放置されて、あとから重要だと再認識された例は枚挙に暇がないという。(例えばメンデルの遺伝の研究など)。
こういう例は技術者ならたくさん知っているだろう。企業で開発される技術のほとんどは役にたっていないのである。特許を見てみれば、使われなかったアイディアが山のようにある。というか、ほとんどがそうだ。だから、特許でお金を儲けたかったら、使われるのが必須の技術、たとえばなにかの規格(たとえばUSB規格とか)が確定する前に情報を集めて、規格に該当する当たり前のアイディアをたくさん出して、規格に入れてもらうことだ。(もしくはあとから裁判に訴える)。こういうコバンザメ的な特許が儲かるのである。
というわけで、世界はイノベーションが足りないのではない。イノベーションは十分すぎるほど豊富なのだが、タイミングが合わないというだけのことなのだ。
世の中にはたくさんの売れないクリエーターたちがいるが、著者のワグナーはそういうクリエイターにも思いをはせている。クリエイターの仕事がどんなに素晴らしくても、それが売れるかどうかはタイミング次第なところがある。どんなクリエイターも成功するのはごく一部なのだ。だから、たとえ成功しなくても、創り上げること自体に満足できることが大切なのだと主張する。
そういうわけなので、小山さんの作品も成功せずに亡くなってから注目を集めたけど、本人は書いている事自体には満足していたんじゃないかな。
さて、概ね言いたいことは理解できたが、個人的には、ある偶然できたタンパク質が有用だったとして、どうやって細胞がその特定のタンパク質が有用と判断するのかがいまいちよく分からなかったな。なにしろ、たくさんの無用のタンパク質が作られているんだから、最終的にどれが役にたったのか判断に迷うんじゃないかしら。
★★★★☆