井沢元彦 幻冬舎 2024.7.20
読書日:2024.12.7
日本の歴史を正しく見るには、世界の歴史と比較すること、当時の人の気持ちになって考えること、日本の宗教への理解、が必要だと主張し、現状の日本史の研究者はどれもできていないと主張する本。
わしは伊沢氏の「逆説の日本史」(シリーズ累計560万部とか)は読んだことはないが、おそらくそっち方面を読んでいるひとにはおなじみの主張なんじゃないだろうか。井沢氏は市井の歴史研究家であり、ベストセラーへのやっかみもあって、日本史の専門家からはいろいろいじめられているようだ。その恨み節は随所に書かれている。というか、ほとんど全編にわたって、日本史の専門家への非難の書となっている。
では日本史の専門家はどこがわかっていないと主張しているかというと、まあ、だいたい宗教のことがわかっていない、ということのようだ。
例えば、日本人の宗教の基本は穢(けがれ)を避けることだという主張。イザナギが黄泉の国から帰ったあと禊で洗ったあとから天照大神が誕生したことからそれが分かるという。したがって日本人は穢れた血を嫌い、京都の公家は軍事力を自主的に放棄するという選択をしたという。それで世にも珍しい、軍事力を持たない政権が誕生したのだそうだ。軍事力は武士に外注されたけれど、武士は縄文人の子孫で、血の穢れの概念とは無縁だったため、問題なかった。こうして世界でも独特な武士というものが誕生したのだそうだ。この武士が誕生した経緯の説は新しいかも。
それで武士の政権が誕生しても、天皇の権威は残ったままで、それはなぜかというと、天皇は天照大神の子孫という宗教がそれまでに確立したからだという。なので、武士は天皇になかなかとって代われなかったが、武士の中では織田信長と徳川家康だけが自からを神格化することで天皇を乗り越えようとした。信長は神学というものを理解していなかったので失敗したが、家康は理解していたので、東照大権現(とうしょうだいごんげん)という現人神になることに成功したという。
日本人には話し合い絶対主義という宗教もあり、その教義は聖徳太子の十七条憲法の最初と最後に記載されているからもっとも重要な教義であることが分かるという。で、この絶対的な教義は怨霊信仰と関係があるんだそうだ。つまりどちらかが一方的に物事をすすめるとそこに恨みが残り、この恨みがのちのち怨霊となる、と考えるからだそうだ。日本には怨霊に対する根深い信仰があり、話し合い絶対主義信仰と怨霊信仰は同じルーツをもつものなんだそうだ。へー。
なお、怨霊信仰のために、日本には演劇の文化がなかなか根付かなかったと主張する。なぜなら恨みのある内容を演じると、怨霊が実体化するからだ。能がその限界を打ち破ったが、それは怨霊を能面という仮面に留めるように世阿弥が工夫した演技だからなのだそうだ。それで、演劇がようやく日本に根付いたのだという。
ところで、源氏物語の主人公・光源氏が平氏ではなく源氏なのは、現実の世界では平氏のほうが勝ったのだが、物語の中では源氏に勝たせることで怨霊に対する鎮魂の役割を担っているんだとか。ほんまかいな(笑)。
日本では言霊信仰もあり、なにか言ったり書いたりすると実現してしまうので、本当はみんなそう思っても誰も口にしないということが起こるという。だからなにか悪いことが起こったときの対策が全く進まない。原子力事故が起きたら、とか、戦争が起きたら、と言ったり書いたりすると、それが実現してしまい大変なことになるからだ。なので、いざというときの議論がまったくできないという。日本人のリスク管理の甘さは言霊信仰のせいなんだそうだ。
それと同じように、言霊信仰から氏名を明らかにすることは自分の本体を晒すことだからできるだけ避けるもので、邪馬台国の卑弥呼も身分を表す言葉で本名ではないという。そして卑弥呼は中国人が卑しいという言葉を使って貶めたもので、じっさいには日御子、あるいは日巫女なのだという。そして邪馬台国の台をドと発音すれば、ヤマド国となり、これは大和朝廷にほかならないそうだ。
というわけで、専門家は宗教の視点がまったく欠けているので、いろんなことが説明できないのだと主張しているわけですが、まあ、そうですねえ、やっぱりこの議論は通常の日本史の人とは相容れないんじゃないでしょうか。新しい学問として確立したほうがいいのでは。心理歴史学とか民俗歴史学とか宗教歴史学とか神話歴史学とか、なんかそんな感じの名前で。日本史の専門家に相手にされないと言っているよりもそのほうがよほど生産的なんじゃないでしょうかねえ。これだけ成功しているんだから、気にしなければいいんですが、認めてもらいたいという気持ちが強いんでしょうか。
ところで、わしは、怨霊信仰も言霊信仰も、普通に世界に存在しているものだと思います。日本は確かに独特の組み合わせになっているかもしれませんが、日本を特別視する必要はないと思いますけど、いかがなものでしょうか。
★★★★☆