ピーター・ターチン 早川書房 2024.9.20
読書日:2024.12.2
歴史を物理的、数学的に取り扱うという「クリオダイナミクス(歴史動力学)」によれば、人口が増えるとエリート層の人口も増えるがエリート層の職は十分に増えないので、職にあぶれたエリートが労働者層を動員して社会的な動乱を引き起こす、というパターンを繰り返すと主張する本。
著者のターチンはもともと生態学者なんだそうだ。つまり、動物同士が捕食したり捕食されたり、植物の草や木が移り変わったりして、動物の数が種類ごとにどんなふうに減ったり増えたりするかのモデルを作ってシミュレーションするというような学問だ。
生態学者として大成し、テニュア(終身在職権)を手に入れてリスクのある研究に手を出せる身分になったとき、ターチンはこの生態学のモデルを人間の世界に応用することを考えた。専門分野を大きく変えたわけである。1990年代後半のことだ。
しかし、人間社会のモデルをどう作ればいいのか。
ヒントはすでにいくつかあった。それまでに、なにか社会が大きく揺らぐときには、かならずその前に人口が増える局面がある、ということが分かっていた。
では人口が増えると何が変わるのか。それは、人口が増えるときには、エリートの人口も増えるからだという。
ほとんどの社会的な動乱は、よく言われることだが、実際にはエリート同士の戦いである。労働者階級も参加するが、それを率いるエリートがいないと大きな社会的な動きにはならないのである。したがってエリートという種族が増えたり減ったりすることをシミュレーションするモデルを考えればいいという。
というわけで、大胆にもターチンは人間の社会を、エリート階級と労働者階級の2種類に分けるのである。エリートという種には、エリートにふさわしい職業という餌が必要である。これは例えば、国家運営に携わる官吏の仕事だったり、戦争をしたり、大きな企業を経営するような仕事である。しかし、たいていそのような仕事の量は有限であるから、餌にありつけないエリートが出てくる。その数がどのくらいになるかは、エリートという種の再生産(産む子供の数)の比率によって決まるが、いずれは過剰生産になるのは避けられない。とくに人口が増える局面ではそれが起こりやすいのだ。
仕事にありつけない場合、エリートの取る手段は、ひとつには現状を認めて下の階級に降りてゆくことである。もうひとつは、いま持っているエリートから力づくで地位を奪い取ることである。不満を持っているエリートが労働者を動員することに成功すると、大きな社会的な動乱になる。この戦いが起きると、どっちが勝っても、エリートの数は減って社会は安定する。
さて、このようなモデルを作ったとして、それが正しいかどうかをどのように確認すればいいのだろうか。
そこでターチンたちは過去の数千年の歴史の詳細なデータベースを集めて整備している。そして、ある地域や国家に社会的な動乱が発生したときに、その少し前までの状態でモデルを作り、そのモデルで次の展開をシミュレーションして実際に起きたことと比較するということをしている。このようにしてモデルを検証しているのである。
このようにして作ったアメリカのモデルで、今後アメリカはどうなるだろうか。原著が2017年に出版されたので、その時点でのモデルの予測は次のようだ。
今後アメリカの社会的な状態は不安定になる。2020年代にその不安定さは頂点に達する。この不安定さは南北戦争当時に匹敵するものなんだそうだ。アメリカがその不安定な状態を何とか乗り越えたとして、次の不安定な状況は約50年後に現れるのだとか。
ざっくりしすぎていて、これでどうしろっていうのか、という感じだが(苦笑)、まあ、とりあえず現状のトランプ現象は説明できているかな。トランプのような軽蔑されてきたエリートが労働者階級を味方につけることに成功して、既存のエリートである民主党に襲いかかっている、と説明できるだろう。予測のざっくりさに比べて、そのへんの現状の不安定さへの解説はこの本でも膨大な量が書かれているので(すでに知られていることばかりだけれど)、まあ、そのへんの解説のほうが多くの人によっては役に立つかもしれない。
ところで、ターチンたちの創設したクリオダイナミクスの仲間には、「暴力と不平等の人類史 戦争・革命・崩壊・疫病」のシャイデルがいるそうだ。
シャイデルは、不平等が是正されるときは、戦争、革命、疫病などで社会が崩壊したときにしかないと主張しているが、ターチンはそうではないという。実際には、20世紀前半のアメリカのニューディール政策のように、エリートが自分の取り分を諦めて、労働者階級に分配した例があるからだという。当時の累進課税は最大90%にまで達していた。でもまあ、今のエリートたちが取り分を諦めることはないんじゃないですかね。
さて、肝心のクリオダイナミクスですが、実際の役に立つには、もうちょっと時間がかかりそうですね。
★★★★☆