エヴァン・オズノス 訳・笠井亮平 白水社 2024.3.5
読書日:2024.11.3
ジャーナリストのオズノスが2013年に中国から帰ってくると、米国はまったく変わっていた。オズノスは自分にゆかりにある3か所を選んで、各地がどのように変わったのかを確認し、アメリカが決定的に分断している状況を報告する。
これを書いているのは11月6日の早朝(アメリカは11月5日)で、いままさにアメリカ大統領選挙の投票が行われているわけだ。この時期にこの本を読んだのは図書館の予約システムによる偶然だけど、改めてアメリカの状況を理解するにはちょうどよかった。
この本は2013年の著者の帰国から、トランプが大統領になり、再選に失敗して、あの2020年1月6日のアメリカ議会が襲撃されるところまでを描いている。(著者は現場にいて、襲撃している人にインタビューしている)。
2013年まで著者は中国にいたのだそうだ。当然、抑圧的な中国の政治状況に触れ、著者はしばしばアメリカの民主主義について代弁することになった。もちろん、アメリカの民主主義について擁護していたわけだ。ところが、アメリカに帰ってくると、すぐにアメリカが変わってしまったことに気がつく。中国の人にアメリカの民主主義について語っていたが、アメリカの民主主義はすでに誇れるものではなくなっていたのだ。
いったいアメリカ合衆国という国に何が起きたのか?
そこで過去と比べるために、自分にゆかりのある町を3か所選んで、状況を確認することにしたのだ。その3か所というのが絶妙な選択で、それはある意味偶然だったのだけれど、この辺に著者のジャーナリストとしてのセレンディピティ(偶然の幸運)を感じる。何しろ過去は変えられないからね。
その3か所というのは、ひとつは子供のころ育ったコネティカット州グリニッジで、そこはヘッジファンドの金持ちがたくさん住む街になっていた。ふたつめは、ジャーナリストになりたての頃にインターンとして働いたウェストバージニア州クラークスバーグで、ここはアパラチア山脈の町で、かつては炭坑や鉄鋼の町だったけど、いまではすたれて希望を失った白人貧困層の町になっていた。みっつめは、そののちに移ったシカゴで、ここでは黒人たちが疲弊した暮らしをしている。つまり、超お金持ち(格差の上位1%の一方)、白人貧困層(99%のトランプ支持派)、黒人(ブラック・ライヴズ・マター)という3つがちょうど入っているのだ。
とくに若いころの青春時代をすごしたクラークスバーグの描写がよくて、かつてはピカピカの誇れる中産階級の町だったクラークスバーグが、企業がどんどん撤退してすっかりさびれてしまう描写は、読んでいて戦慄が走った。人口も減っていって、最後にはウォルマートとマクドナルドすら撤退してしまう。この2つが見捨てる町というのは、どれだけ衰退しているんだ、という感じだ。著者がかつてインターンをしていた地元の新聞は、ただでさえインターネットの攻撃で衰退しているのに、いきなり広告の半分を失うことになってしまう。
地元の鉱山はファンドに買収されて、地元に一度も来たこともない経営者たちが、恐ろしい環境破壊を起こしながら、最後の利益を搾り取り、去っていく。このような大変な苦境なのに、彼らが支持してきた民主党は彼らにまったく見向きもせずに、しかも政治は腐敗して、誰も助けてくれない。絶望した市民はオピオイドに走り、オピオイド中毒の割合が全米でも有数の町になってしまった。そのうちに住民の銃所持率が上がっていって、早朝の暗いうちから何十年も徒歩で新聞配達をしていた親子が射殺されるという事件が起きる町になってしまう。
まあ、これではこの町の人たちが共和党のトランプ支持に回るのも無理はないという気がした。
没落、貧困化した白人がトランプ支持に回るのはまだ分かる。しかし、金持ちのすむグリニッジでもトランプ支持が急速に高まっていったのだ。トランプは最初は彼らの軽蔑の対象だったのだが、徐々にトランプ支持が圧倒的になり、2020年の選挙では、グリニッジのうちお金持ちエリアの選挙区だけがトランプが勝利するという結果になったという。彼らはトランプの経済政策、とくに減税により富が大幅に増えた人たちだ。
こうしてみると、トランプはアメリカの上位と下位の両極端から支持を受けているわけだ。上位1%の人たちが選挙資金を提供し、下位の人たちが票を入れるという流れになっている。この両極端から支持を受けているというのは、奇妙な特異な状況で、トランプがなぜ強いのかが分かる。
わしはトランプを嫌ってはいないけれど、2020年1月の議会襲撃事件を引き起こしたことは本当に許せないと思う。あれは世界の民主主義の危機だった。
まあ、どっちが勝っても、内戦だけは起きてほしくないね。映画シビルウォーの世界はごめんだ。
(11月7日追記)
というわけで、トランプが次の大統領に決まりました。(笑)
わしは議会襲撃事件が許せないので、トランプが落選することを願っていましたが、接戦どころか地滑り的な勝利で、確定するまで何日もかかった前回の2020年と違ってあっという間に決まってしまいましたね。これでトランプが起訴されていた多くの事件の無罪が確定しました。
がっかりしているわしに対して、わしの息子は「カマラ・ハリスの政策はだめだ、トランプの政策のほうがいい」とトランプ支持で、「結局、議会襲撃事件なんて誰も気にしていないんだよ」とのたまいました。何と言いましょうか、家庭内にも分断が生じております(苦笑)。
ハンガリーのオルバン首相とかイタリアのメローニ首相とかがさっそく祝意を表明しているけど、もう世界中、権威主義者の国ばかりになってしまいました。彼らは、法すらも越えた超越的な立場で、まるで昔の王侯貴族のようで、しかも国民がそれを熱烈に支持しています。これは新時代の封建主義のようです。
なぜこんなことになっているのか。
「新しい封建制がやってくる」をもう一回読んでみるとか?
かつてローマ帝国が共和制から帝政に変わったという歴史がある。アメリカが新しい封建社会になりつつあるのだとすると、これが参考になるのではないか。わしの理解では、ローマが帝政になったのは、国が大きくなりすぎて、みんなで話し合って決めるには効率が悪すぎて、皇帝の直截(ちょくせつ)、つまりその場での即決でないと国が回らなくなったから、と理解しています。(「ローマ人の物語」など)
この類推で考えると、現代は複雑になりすぎて、国民が話し合って決めるには効率が悪くなりすぎている、誰かに決めてほしい、という社会の効率化の要請が新しい皇帝たちを生んでいるのではないだろうか。
どうも次の100年の世界が見えてきたようです。
次の時代は「新しい中世」になるという意見がたくさんありますが、どうやら「新しい中世」は「新しい封建制」とセットのようです。
★★★★☆