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西加奈子 河出書房 2023.4.30
読書日:2024.8.5

カナダのバンクーバーにいた小説家の西加奈子は乳ガンに罹るが、パンデミックのさなかであり日本に帰れず、カナダで闘病生活をすることになる。バンクーバーでの闘病生活とはどういうものなのか、そしてキャンサーフリーとなって生き抜いた人に訪れる第二の危機とは。カナダでの闘病エッセイ。

西加奈子はイラン生まれで、大阪で育ったようだ。そのせいか、英語で聞いた言葉は自動的に関西弁に変換されて聞こえるらしい。というわけで、日本人が日本語で話したことはそのまま記載されるけれど、カナダ人が英語で話したことは関西弁で書かれている。なんか関西弁で書かれると別の言葉っぽくていいなと思った。今後、この文体が定着したら面白いなあ。

カナダでは日本と同じように医療システムが発達しているそうだ。とくにブリティッシュ・コロンビア州のMSP(Medical Service Plan)という保険制度は基本無料なんだそうだ。これはすごいな。

とはいっても、そのシステムに乗るまでが結構大変で、イギリスのようにファミリードクターにまず診てもらって、そこで手に負えないと紹介状を書いてくれるシステムらしい。ところがこのファミリードクターになってくれる医者を探すのはなかなか大変で、多くの人はウォークインクリニックというところに行く。著者のように永住せずにいる人もウォークインクリニックに行くのだが、ヘタをすると申し込んでから何週間も何ヶ月も待たされてしまう。ガンだとその間に次のステージに進行してしまうレベルである。

おまけに医療機関ごとの連携が悪くて連絡が行ってなかったり間違っていたりしてなかなか大変らしい。たとえ間違っていても誰も面倒見てくれないので、自分であちこちに電話して、自分で調整しなくてはいけない。アングロサクソンの国だから、日本と違って、自分の面倒は自分で見なくてはいけないのだ。

面白いのは、アメリカだと、お金さえ払えば優先的に診てもらえる私立の病院を建てそうなものだけれど、ここではそういう私立の病院は許可されないのである。なので、貧乏人も金持ちも同じシステムで治療しなくてはいけないのである。

変わったところでは、医療機関間の連絡にはFAXを使っていることだ。このネットの時代に電子的に行わないんだとびっくりだが、その方が確実なんだそうだ。ローテクのほうが確実というのは、もしかしたらいまだに紙とFAXの日本の官僚機構って、別に悪くないってことなのかしら。

著者は、もしパンデミックでなかったら、きっと母親がカナダに来て闘病生活の世話をしてくれただろう、という。そして周りの人達には助けを求めなかっただろうという。コロナ禍ではそれは無理だったので、すぐに知り合いがチームを作ってくれて、ご飯や子供の世話を順番にしてくれたそうだ。それは日系人だけではなくて、他の国の移民を含んだ混成チームである。カナダは移民の国で、親戚に頼れない人々ばかりだから、知り合い同士の助け合い精神が発達しているのだ。西加奈子は、日本には情があるが、カナダには愛があると表現する。情はいつの間にか身についているものだが、愛は意思の問題、尊厳の問題なのだそうだ。

西加奈子もけっこう前向きだ。抗がん剤で頭髪がすべて抜けてしまっても、実はスキンヘッドに憧れていたそうで、ウィッグをあまりつけずに過ごしたそうだ。購入したウィッグを自分に合わせて美容室でカットしてもらうと、料金は「ツケにさせてください」と言われたという。もちろん治ったらお金を払いに来いという意味で、泣いたという。(負債が人間関係をつなぐというのは、デヴィッド・グレーバーの言うとおりだ)。

こうして、ガンを乗り越えてキャンサーフリーのがんサバイバーになったが、そこで話は終わらない。闘病中は、ともかく生き残るという強い目的がある。ところが、キャンサーサバイバーになると、その強烈な目的意識が無くなるのである。そして、手に入れた日常は素晴らしいけれど、再発してこの日常が失われるという恐怖が襲ってくるという。がんになる以前と異なる危険を孕んだ日常になるそうだ。

なるほどねえ。

なお、くもというのは蜘蛛のことで、著者には蜘蛛はなくなった祖母のイメージなんだそうだ。祖母は蜘蛛は弘法大師の生まれ変わりだから、みだりに殺してはいけないと言っていたんだそうだ。

この本を読んで印象的なのは、鎮痛剤のタイレノールだ。いろんなところで出てきて、まるでカナダでは万能薬みたいな扱いだ。いろんな種類が薬局の棚いっぱいに並んでいて、ともかく、これを飲むと痛みは治まるらしい。

★★★☆☆

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