ヘタレ投資家ヘタレイヤンの読書録

個人投資家目線の読書録

変態的読書

自分の読書が普通の人からはずいぶん離れていて、変態的なのは知っています。

会社でも昼休みに本を読んでいるので、他の本好きな人から、どんな本を読んでいるの?、などと聞かれ、それがもとでお互いに読んでいる本を教え合ったりします。読書離れが著しい現在では、なかなか得難いことです。

わしは、柄谷行人の「力と交換様式」を読んだとき、ものすごく感激して、これは超傑作、絶対読むべき本だ、と力説しましたので、その人はこの本のことを覚えていたのでしょう。数ヶ月前に、図書館で借りたそうです。しかし、目次を見ただけで借りたことを激しく後悔したそうです。とうぜん、まったく読まずに返したとか(笑)。

まあ、仕方ないですね。

文化人類学とかマルクスに関する知識がまったくないまま読んでも、この本が何がどうすごくてどう新しいのか、理解できないでしょう。そもそもわし自身がちゃんと理解できているのかどうか、怪しいですから。

それにしても、この本を日本で読んだ人は何人いるのかしら。せいぜい数千人で、1万人はいないのでは。

そう考えると、ベストセラーよりもこういう本を読んでいることが多いわしの読書は変態的と言ってもいいでしょう。

わしがこんなふうな変態的な読書に走るようになったのは、以前、どこかに書いたかもしれませんが、アルビン・トフラーの「第三の波」を読んだときですね。IT産業の発展の末にどんな未来が来るか描いた超傑作で、その後、30〜40年かかってそのビジョンが実現されていくのをわしらは見てきたわけです。もうこれは永久に実現しないのではないかと思っていた、コンピュータを使った在宅勤務も、いまではすっかり当たり前になりましたし。

読んだのはまだ10代の頃で、こんなふうに説得力ある未来を描けることに衝撃を受けました。社会の変化も含めて予測するには、テクノロジーの変化の予測だけでは難しいことは言うまでもありません。

それまで読んでいた本は、SFを除けば、ほぼ海外のベストセラー小説ばかりだったのですが、未来の社会を見るためには教養が必要だ、とジャック・アタリと同様の結論に達して、教養を身につけようと決心したのです。

でも、どうすればいいのか分かりませんでした。わしが頼りにしたのは新聞の書評で、新聞の書評を読んで、これはというものを読むようになって、今にいたるわけです。選ぶ基準は、自分の常識を覆しそうなものがあるかどうかです。

とはいえ、事実上、乱読だったわけで、古典をきちんと読むわけでもなく、なんとも中途半端ですね。そして、いまでは、変態的な読書になってしまっているわけです。

そろそろ会社人生がおわる歳になってきましたが、少しは未来が見えるようになったのでしょうか。まあ、こんな読書をしても、別に未来は見えませんね(笑)。ほんのちょっと見えるようになった気がしてはいますが。

 

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