スザンヌ・シマード 訳・三木直子 ダイヤモンド社 2023.1.10
読書日:2023.3.23
森の木たちがマザーツリーと呼ばれる古い木を中心に地下の菌根菌の菌糸でつながっており、水や炭素などを融通しあっていることを証明して、森の見方を一変させたカナダの生態学者の回想録。
この本に書かれてある実験を、わしは何かの記事かTV番組で見たことがある。
2つの木の根を共通の菌根菌でつながった状態にしておく。ここで、一方に光合成ができないようにカバーをかけておく。光合成ができないので、普通ならば枯れていく。ところがもう一方の木が菌根菌を通して栄養を分け与えてくれるので、カバーをかけられた木も枯れずに生き延びることができるのだ。この実験ほど、木たちが助け合っていることを明確に示す実験はないだろう。
こうした木たちが地下でお互いにつながって助け合っているという実験が、実はひとりの生態学者が初めて行ったものだとは知らなかった。それが著者でカナダの生態学者スザンヌ・シマードなのだという。
いまでは世界的に有名らしいスザンヌ(スージー)・シマードだが、全然エリートでもなんでもないのである。木こりの家系に育ったスージーは、オレゴン大学在学中から一般の木材会社にアルバイトで働く。だが皆伐というすべての木を伐ってしまうという現代企業のやり方に嫌悪感を覚えて、こういう方法をやめさせたいという思いが研究のモチベーションになっている。
森を見ていた彼女は木どうしが菌根菌(きのこの一種)を通してつながっているのではないかという洞察を得る。しかし、このときはまだ菌根菌のこともまったく知らず、図鑑をみながらこつこつと実地で菌根菌のことを調べ始めた程度だった。大学を卒業して木材会社に雇われることを目指したが、アルバイトをした木材会社には雇われなかった。そのときには非常に落ち込んだが、たぶん、これは彼女にとって幸いなことだった。
あちこちに履歴書を送っても成果はなく、スイミングのアルバイトをしていると、知己(ちき)を得ていた森林局のアラン・ヴァイスが政府の研究の仕事を回してくれ、やがて森林局の正規職員になる。しかもアランはスージーに科学的実験の手法を教えてくれたのだ。さらにアランはスージーの修士への進学を後押ししてくれ、研究者の道を進むのである。
木どうしの関係がはっきりしない研究が続いたあとで、博士課程の研究で、スージーは一か八かの実験をする。アメリカシラカバとダグラスファーの菌根菌がつながった状態で、一方に炭素14を、もう一方に炭素13で光合成をさせて、その炭素が相手の方に移っているかを確認する実験を行ったのである。すると、見事に、炭素を交換していることが分かったのである。これは決定的な証拠だった。しかも同種でなく、種の垣根を越えたやり取りが確認できたのだった。この実験は1997年にネイチャーに掲載されて、数千回引用され、彼女の名前を一躍知らしめることになったのである。
その後、ブリティッシュ・コロンビア大学の教授になり研究を続け、スージーはマザーツリーの概念にたどり着く。マザーツリーは若い木を積極的に助けるているのである。マザーツリーが主に助けるのはやっぱり自分の子どもたちなのだが、種を越えても助け合う。こうして、地下の世界を通じて、森の木々は助け合って、何の助けもない場合よりもずっと早く、豊かに広がって行くのである。
いま、森の地下でどのようなネットワークが築かれているのか、細かい地図が作られて、様々なことが分かりつつある。木たちはいろんな物質、たとえば神経伝達物質も交換していて、なんらかの知性があることを示唆しているというのだが、いまのところもちろん仮説である。だが、森というのは個別の生物の集まりというより、一個のスーパー生物だと考えるなら、ありえるのかもしれない。
いまでは彼女の研究が理解され始めていて、すべての木を伐る皆伐や除草剤(必要ないとされた雑木も枯れさせる)は行われなくなる方向に進んでいるという。
まあ、こういった研究の進展が述べられている間に、著者自身の人生がけっこう赤裸々に語られている。スザンヌは驚くほど家族や親戚、友人との人間関係をずっと維持する人なのである。まるで森の木たちのようで、森のネットワークをイメージする人のメンタリティとはなるほどこういうことかと、ちょっと納得感がある。
具体的には、家族兄弟の絆が非常に深い。最初の方の研究では、家族に協力を要請して、姉のロビンや弟のケリー、さらには父親にも、いろんな仕事を手伝ってもらっている。たぶんこれは、得た研究費を家族の間で回そうとしているのだと思う。そりゃどうせお金を払うんなら身内の方がいいよね。ケリーが事故で亡くなっても、ずっとケリーのことを思い続けて、ケリーの子どもたちとの付き合いは切らさない。
両親は離婚しているんだけど、どっちともスザンヌは深く付き合っている。そして自分は修士の頃に学生結婚したが、彼女の研究の仕事が忙しくなりすぎて、結局、10数年後に離婚してしまうんだけど、その元夫との関係も切れていなくていまでも結構会っているみたいだ。ちょっとびっくりなのは、離婚して作った新しい恋人は女性である。(最近、このパターンを聞くことが多い気がする。恋人はネイティブアメリカンの人かな?)。ガンにもかかって、闘病生活も経験しているが、たくさんの人が彼女のそばにいた。古い友人のジーンともずっと一緒だ。
こういった細かい人間関係がくどくどと書かれているのが特徴で、内気ではっきりと意見の言えなかった彼女が人間的に成長して、いまでは自分の意見をTEDで講演して、たくさんの再生回数を誇るまでになっている。娘もいまでは生態学者を目指しているんだそうだ。
面白かった点としては、彼女は小さいときに土を食べる子供だったんだそうだ。彼女によれば、シラカバの腐葉土が一番甘くて美味しいそうだ。食べてみます?(笑)
★★★★☆