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人類学者K ロスト・イン・ザ・フォレスト

奥野克巳 亜紀書房 2023.1.9
読書日:2023.2.25

人類学者のKがボルネオの狩猟採集民プナンで一緒に生活した経験を語る本。

人類学者のKとはもちろん著者自身のことだろうが、この本ではまるで小説のように三人称でKの体験を語っている。どうしてこんなふうにしているのかよくわからないが、論文ではなくて曖昧な印象を語るための工夫なのかもしれない。

ところどころに人類学と関係ないKの個人的な話が挿入されている。たぶん事実の話だと思うが、創作かもしれない。そういう意味でも、このようなスタイルがとられているのだろうか。

なお、最初に、カフカの「城」が引用されていて、「城」はKが城に行こうとして決してたどり着けないお話だから、この本の主人公がKとされているのも、プナンの人たちと一緒に生活しても決してプナンの人たちにたどり着かないことを象徴しているのかもしれない。

プナンの人たちに関するいろいろなことが語られるが、所有に関する観念がなく、持っている人が持っていない人に配るのが当然という態度で、さらにプナンの人たちは他人の金を使ってしまっても、悪びれることはしないし、説明もしないし、そして誰もそれを咎めないんだそうだ。

でも、この辺の、私有の富が存在せず、すべて分配するという態度は、狩猟採集民に普通に見られることだから、あまり驚くべきことのようには思えなかった。

やっぱり驚くのは、プナンの人たちの死者への態度だ。

死者が出ると、死者に関するすべてを捨て去るのである。死者の名前を出すことも決してしないし、死者の持ち物はすべて焼却する。それだけでなく、家族の人たちは自分たちの名前すら変えてしまう。こうして全く新しい家族として再出発するのだ。

ちなみにどうしても亡くなった家族への悲しみに襲われたときには、ノーズフルートを夜に奏でるんだそうだ。

こんなふうにすると、もちろん先祖の話が家族に伝わることはありえないので、自分が知っている以上の先祖のことはまったく分からない。そうすると人間の経験という知識の蓄えもなかなか増えないのではないかと思う。

ともかくプナンの人たちは過去は振り返らない人たちなのだ。そして、同様に未来も存在しない。未来に何をするという計画は存在しない。子どもたちに将来何になりたいか、というような質問は質問自体が理解できない。

プナンの人たちには現在という時間しかないようである。永遠の現在が存在するだけなのだろう。計画しなくても、毎日、食料を手に入れることが可能な南国の世界には、現在しかないということかもしれない。

そんなプナンの人たちも現代に毒されて、定住もするようになってきたし、富を自分だけで独占するような人も現れているらしい。

エピローグは副題のとおりに、森の中で実際に道を失って、迷ってしまう話である。迷っているのは道だけでないのかもしれないが。

★★★☆☆

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