成田悠輔 SB新書 2022.7.15
読書日:2023.2.9
イェール大学の成田悠輔が、国民の無意識からデータを収集して、アルゴリズムにより自動的に政策を立案、実行する「無意識民主主義」を主張する本。
この本、やたら評判がいい。というわけで、読むまでにずいぶん待たされた(笑)。いちおう読んだが、これはうまくいかないだろうなあ、と予感させるには十分な内容である。
とりあえず、成田氏の主張を見ていこう。
世界の半分は、経済は「資本主義」、政治は「民主主義」という構造になっていて、資本主義で好きなだけ儲けてもらい不平等になるが、民主主義でそれを分配して平等にするという仕組みになっている。しかし、いまは民主主義が劣化していて、うまく行っていないばかりか、資本主義の方も成長率が落ちてきた。民主主義はすでに故障と言っていい状態である。
そこで、民主主義を再発明しようという。民主主義はすでに壊れていて民意を反映していないから、民意を吸い上げる仕組みとして、インターネットや監視カメラ、生体センサーなどの無数のデータから民意を吸い上げるという。そして、無意識の民意データ源をアルゴリズムに投入すると、どのような成果指数の組み合わせ、目的関数を最適化すればいいか分かる。これを「エビデンスに基づく目的発見」という。
そして発見された目的関数、価値基準にしたがって、過去の実績なども勘案しながら、アルゴリズムが政策を意思決定する。これは「エビデンスに基づく政策立案」である。
この結果、政策の立案は自動化されて、選挙の必要はなくなり、政治家はたんなるマスコット的な存在になるという。これが「選挙はアルゴリズムになり、政治家はネコになる」という副題の意味である。
……というのが概略。
自動的に民意を吸い上げるというというのは、さほどとっぴな発想ではない。経済学でも「ナラティブ経済学」のように、人々が交わしている言葉から経済の状況を判断しようという話もある。だから、政治的な民意を何らかのデジタル的な方法で集めるというのは十分ありえるし、将来そのようなデータを政策立案に反映させる自動政策設計ツールの登場も十分にあり得ると思う。そして複雑化する世界では、そのようなアルゴリズムの補助なしに政治を進めることは難しくなる、という気もするので、ぜひ開発を進めてもらいたいものである。
でもねえ、たぶん、自動化できるのは、あるパラメータの調整可能範囲だけだと思うの。例えば、数10年ごとに訪れる国を二分するようなドラスティックな変化などには対応できないじゃないかな。例えば、イギリスのブレグジットの判断とか、1980年代にサッチャーやレーガンが起こした新自由主義とか、そんなとき。
また、なかなか妥協が難しいような状況には、機械でそれが解決できるとは思えないな。昔なら、労働組合と経営者の妥協とか、いまならエリート階級と労働者階級のメリトクラシー(能力主義)による階級対決とか、あるいは宗教が絡んだものとか。このようなとき、妥協や新しい道をさぐるときき、何らかのリベラルアーツ的な能力が必要で、機械で可能かしら。
また、国と国の交渉にも自動機械が使えるとはとても思えないな。やはり代表を送って交渉しないとだめなんじゃないかしら。多国間の交渉にも使えるとは思えない。たとえば、環境問題の解決に機械が使えるかしら。
そして前例のない事態が起きた時。例えば、コロナのようなパンデミックが起きた時、菅前首相が取ったようなワクチンを素早く普及させるようなリーダーシップを自動機械が発揮できるかしら。ウクライナ戦争のような国防の危機に、軍事作戦の提案は可能だとしても、政治的に国民を奮起させることが機械にできるかしら。
いまは前例のない危機が毎年のように起きる時代で、これからもそんなことが増えるでしょう。前例がない事件が頻発する時代に自動機械が役に立つとは思えないな。こういうときは、不完全な情報しかない状況でなにか決断を下すときに、政治家がやはり必要なんじゃないかしら。
ほとんどの政治家は役に立たないかもしれないけど、いざというときにリーダーシップを発揮するには、日頃から政治家という職業に就いている必要があるのじゃないかしら。だから、ほとんどの政治家が無能だとしても、練習のつもりで国会や地方政治で飼っておいて、訓練させておかないとまずいのではないかしら。
ところで、成田氏の主張を読んでいると、民主主義についていろいろ提案している根底には、高齢者がたくさんの票を持っていて、政治がなかなか変わらないということろに原点があるみたいだけど、このような自動的な民意データの収集をしたら、世代交代が進むのかしらね。ますます高齢者の民意が抽出されて、若者に不利になるような気がしないでもないけど。それとも、成田氏は若者に有利になるように、目的関数を操作すればいいと思ってるのかしらね。
今後、政治的意思決定に機械が入り込んでくるのは間違いないと思うのですけど、なかなか自動化は難しそうだなあ、というのが実感です。まあ、22世紀に間に合えばいいということでしょうが、間に合うかなあ。
読んでも、この本がなぜ評判なのか、あまり良く分からなかったんですけど、ネットで検索したら、成田さん自身が舌禍事件(高齢者は集団自決、みたいな)で有名人だからだったんですね。これって炎上商法の一種なのかしらってちょっと思いました。
**** 追記 ****
成田さんの舌禍事件(というより確信犯かもしれませんが)はニューヨーク・タイムズでも取り上げられて、それなりに炎上になっているようですが、成田さんの主張はどうもよく分からない。高齢者は集団自決すればいいといいますが、でもどうやって?
成田さん「高齢者の方々、集団自決していただけますか?」
全員「嫌です」
以上でおしまいですよね? この先、それを無理やり進めたら犯罪ですよね。AIが人類全体を考えて決定したり、体内に自動殺人機械をつけたりすれば犯罪じゃないと思っているのかしら? そんなの絶対に制度化されるわけないじゃん。絶対権力の中国共産党でも無理だと思う。
よくわかんないなあ。
★★★☆☆