前田啓介 小学館 2021.6.8
読書日:2023.1.24
ノモンハン事件やマレー作戦などを主導し、半藤一利から「絶対悪」と呼ばれた、日本陸軍参謀、辻政信の新資料を加えた評伝。
タモリによれば、いまは「新しい戦前」なんだそうだ。今後、戦争の時代になる予感を感じさせる言葉である。そういうわけで、いま、かつての日本軍や軍人たちに再び脚光が集まりつつある。戦争の時代に対するヒントを得ようということなのではないかと思われる。この本がかなり読まれているのも、そのせいなのだろう。
では、辻政信とはどんな人物だったのだろうか。
辻政信はエピソードが豊富な人で、その人生はざっとこんな感じである。
・石川県の今立という山間部の炭焼の家系に生まれたが、貧乏をはねのけて、陸軍のエリートコースを歩む。
・上海事変で実戦を経験、負傷するが、味方の亡骸を回収するまで戦闘を続行して、部下から厚い信頼を勝ち取る。
・陸軍士官学校でクーデター計画を未然に防ごうとして、士官学校事件を起こす。
・関東軍で独断専行してソ連軍との戦闘になったノモンハン事件を主導する。
・太平洋戦争初期、シンガポールを70日で落として世界に衝撃を与えたマレー作戦を主導し、作戦の神様と呼ばれる。
・ビルマで敗戦を迎え、戦犯に指定されていたが潜伏、三千里を越えて日本に帰国し、戦犯を解除になってから表に出て、「潜行三千里」を発表してベストセラーになる。
・衆院議員選挙に立候補して、トップ当選。その後参議院に転向。
・1962年にアジアにでかけて、行方不明となる。
子供の頃から、自分に不利な点を努力と抜群の行動力で突破するというのがパターンで、あらゆる不利を乗り越えて、首席で学校を卒業するなど、前半の立身出世編はかなり面白い。
しかし気になるのは、一種の頑なさというか、あくまでも軍人として最適化された人物のように思えるところだ。いつも現状を突破しようと画策するようなところがあって、それがときに独断専行を招いて、ノモンハン事件のようにソ連との国境を超えるみたいな、普段ありえないようなところまで行ってしまう。
マレー作戦のように鮮やかに成功するような作戦も構想するが、その一瞬の突破はただ突破するだけで、その後の持続的な成功というふうにはいかないのである。シンガポールを占領することに成功するが、シンガポールの統治自体の構想というものはほぼないし、架橋の人たちの虐殺なども招いてしまう。
なんというか、突破力では通常の軍人の枠を突破するくせに、突破したあと、その軍人の枠を越えた世界は、彼にとって管理不能の世界なのである。誰か彼の足りないところを補ってくれる人がいればよかったのかもしれない。
そのせいで、軍事的な枠を越えた政治的な交渉事の場面になると、彼はまったく成功していない。たとえば、敵との交渉とか外交的なセンスを問われる場面とかでは、役になっていない。突破力だけではだめだということが分かる。なにか、もっと広い、リベラルアーツの力が足りないとでもいう印象だ。
正直に言って、こういう人はとても困る。わしの部下だったら、どうにも扱いに困ってしまうだろう。きっと陸軍もそうだったのだろう。彼は、陸軍にいる間、あっちこっちに飛ばされまくりである。ところが飛ばされたところであっという間に、その組織を自分のもとに掌握してしまって、冒険的な計画を連発してしまうのである。
とてつもなく優秀だが、同時にとてつもなく無能な人という感じだ。もちろん、悪い人ではないのである。情に厚く、自分の利益というものを考えない人でもある。だから、部下にはとても慕われる。
どこか世界の片隅で生きていく分には幸福な人生を遅れたと思うけど、歴史の表舞台には出てきてほしくないタイプの人だなあ、と思いました。
半藤一利は「絶対悪」と呼んだけど、それは一面当たっていると思う。サタンは堕天使だけど、サタンはあまりに純粋だったから堕ちてしまったのだ。あまりに純粋なのは、悪なのである。
★★★★☆