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第三次世界大戦はもう始まっている

エマニュエル・トッド 訳・大野舞 文藝春秋 2022.6.20
読書日:2022.12.25

歴史人口学者のエマニュエル・トッドが、ウクライナ戦争は米英により仕掛けられた事実上の第三次世界大戦だと主張する本。

エマニュエル・トッドのことは知っていたが、これが初めての読書である。人口学者であり、1970年代に、ソ連の平均寿命が下がり、幼児死亡率は上昇していることから、ソ連社会がうまくいっておらず、遠からず崩壊すると予言したことで有名だ。独特の感性を持っており、世間で言われていることと異なったことを話してくれるので、非常に好ましい。

ウクライナ戦争に関して、エマニュエル・トッドは、シカゴ大学国際政治学ミアシャイマーの意見にほぼ全面的に賛成している。それはウクライナ戦争は米英が起こしたものだという主張だ。

ウクライナNATO加盟国ではないが、事実上のNATO加盟国だという。以前からアメリカとイギリスは高性能の武器を供与し軍事顧問団を派遣していて、ウクライナを衛星国化していた。

さかのぼると、東西ドイツが統合された1990年、NATOは東に拡大しないとロシアに約束していた。その後、約束は破られ、NATOの東方拡大は実行されたが、ロシアはそれを飲んだ。しかし、2008年にNATOが「将来的にはジョージアウクライナを組み込む」という方針が発表すると、ロシアは「ジョージアウクライナNATO加盟は絶対に許さない」とレッドラインを明言していた。しかしウクライナが事実上のアメリカの衛星国化されていたので、ロシアは侵攻に踏み切ったという。

こういうことは戦争が始まっていらい、プーチンがさんざん述べて来たことであるが、エマニュエル・トッドはそれを、もっともなことだ、と認めているということになる。

もともとアメリカには「ロシアはウクライナなしでは帝国になれない(byブレジンスキー)」という地政学的な戦略があって、その戦略的にそって意図的にウクライナを取り込んできたのだそうだ。だから、アメリカはこの戦争を引き起こした責任があるというのである。

ロシアはウクライナのことを「ナチス」と呼んでいるが、わしはこれを単純に「敵」という意味だと解釈していた(ロシアのファシズムについてはここ)。しかし、エマニュエル・トッドによれば、それには意味があるのだという。

エマニュエル・トッドによれば、ウクライナはそもそも歴史的に1つの国としてまとまったことがなくて、ソ連の一部になったとき、はじめて国になったのだという。ウクライナは西部(ガリツィア)、中部(小ロシア、キーウがある)、東部・南部(ドンバスと黒海沿岸)の3つの地域に別れていて、家族構成も宗教も異なる。西部はポーランドの一部と言っていいところで、宗教はユニアト教会(カトリックの一種、東方典礼カトリック教会)なんだそうだ。中部はギリシャ正教核家族の社会。東部・南部はロシアの一部と言っていいところで、ロシア語を話し、共同体家族(父権が支配する権威主義的な家族構成)だそうで、たぶん宗教はロシア正教だろう。

そして歴史的には西部の極右勢力は第2次世界大戦のとき、ナチスドイツを招いたのだという。その極右勢力が2014年のユーロマイダン革命(クーデタ)を引き起こしたので、事実上いまのウクライナはネオナチなんだという。これにはちょっとびっくりした。プーチンが使っているネオナチという表現にはちゃんと意味があったというわけだ。

エマニュエル・トッドは、こうしたウクライナの国家の構成から、ウクライナ戦争の結末のひとつの可能性を示唆している。それはウクライナが3つに分裂して終わるというものだ。西部はポーランドに吸収され、死活的という東部・南部はロシアが死守し、ウクライナは中核の小ロシア部分だけが残った状態になるというものだ。

そういう意味で、エマニュエル・トッドは、アメリカはウクライナに代理戦争をさせて、さらにウクライナを破壊していると非難している。

しかし、なぜアメリカはロシアをこんなに目の敵にしているのだろうか。

エマニュエル・トッドは、アメリカがロシアを恐れており、それは自分たちが衰退しているからだという。それはエマニュエル・トッドソ連について解析したのと同じように、幼児死亡率と平均寿命の悪化に現れている。どちらも先進国の中で突出して悪化しているのだ。一方、ロシアの人口動態は危機的な状況から回復しつつあることを示している。これがアメリカがロシアを恐れている理由だというのだ。

世界中から供給を受けないと経済が成り立たないアメリカ、ヨーロッパは、ロシア以上にこの戦争の影響を受けており、もしかしたら思った以上に西側諸国は経済が脆弱な状況を示しているのかもしれないという。この辺はわしも驚いているところなので、納得だ。アメリカやイギリスで激しいインフレが起きて混乱しているように見える一方、日本はしっかりしているように見える。

そして、世界は「自由民主主義陣営」と「権威主義的陣営」の戦いと言われているが、現在の米英は自由民主主義とは言えないという。なぜなら、著しい不平等が広がっているからだ。エマニュエル・トッドによれば、これは家族の構成が「絶対核家族」(子供は親と独立し、財産は遺言で相続者を指名するので、兄弟間での不平等に無関心)であることに由来しているという。今の米英をエマニュエル・トッドは「リベラル寡頭制陣営」と呼んでいる。

さて、こんなアメリカが台湾有事のときに本当に何かしてくれるのだろうか。とてもそんなふうには思えない。エマニュエル・トッドアメリカは中国と戦わないし戦えない、とはっきりいっている。きっとウクライナ戦争と同じように、台湾が(もしかしたら日本も)アメリカの代理戦争をするというのが現実的な話のように思える。アメリカにしてみれば、台湾が少しでも中国の力をそいでくれればいいのだから。アメリカには十分注意する必要があるだろう。

それにしても、家族構成の分析や人口動態から、なんともいろんなことが分かることに驚くばかりだ。エマニュエル・トッドの本をもっと読もうと思う。

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