マルレーヌ・ラリュエル 訳・浜由樹子 東京堂出版 2022.3.10
読書日:2022.10.1
政治家に、ファシスト!、とレッテル貼りして非難する場合があるが、わしはこれは単なる悪口で、本当にファシストかどうかはどうでもいいことだと思っていた。たいていは、強権的、権威主義的、ぐらいな意味の場合が多いはずだ。
そういうわけでプーチン政権のロシアも、いちおう民主主義を装って選挙は行われているものの事実上の独裁政権であるから、ロシアはファシズムだ、と言われることがあるが、わしはそれが本当かどうかを真面目に検討してみようなどと思ったことはない。しかし著者は真面目にそれを検討したのである。大変ご苦労なことである。
当然ながら、いろんな人がいろんな意味でファシストとかファシズムとかいう言葉を使っているので、自分のいうファシズムとはこうだと定義して、それに合っていればファシズムだし合っていなければファシズムでないという議論になる。したがって、これはほとんどファシズムとはどう定義されるか、という議論に等しい。
というわけで、ラリュエルのファシズムの定義は以下の通りである。
「暴力的手段によって再構築された、古来の価値に基づく新たな世界を創造することで近代を徹底的に破壊することを呼びかける、メタ政治的イデオロギー」
ここでラリュエルにとって大切なのは、「新たな世界を創造する」というビジョンを掲げているかどうかである。例えばナチスドイツは、純粋なアーリア人による第三帝国を建設する、というビジョンを掲げた。
そうすると、ラリュエルにとっては、プーチンのロシアはソ連時代を懐古し、存在感のある偉大なロシアの復活を目論んでいるが、何ら新しい世界のビジョンを掲げて国民を率いていないのでファシズムとは言えない、という結論になる。単なる反リベラリズム、反近代ということになるのである。
それにしてもファシズムを定義すること自体、なかなか難儀な話である。ラリュエルによれば、社会学者の間で合意らしきものが生まれたのは1990年代以降らしいから、非常に定義が難しいイデオロギーには違いない。ともあれ、ファシズムとは、近代ではない別の神話的な理想郷のようなものを目指すものだということはわかる。なるほどねえ。
しかもロシアでファシズムを語るときには歴史的な経緯もやっかいだ。第2次世界大戦のとき、ロシアはソ連としてドイツの本物のファシズムと戦ったのだから。ロシアの人たちの自己認識は、ロシアはファシズムの敵だ、ということだろう。だから、ロシアはファシズムだ、と言われても、ロシア人としては困惑するだけに違いない。(だからウクライナ戦争で、ロシアはウクライナのことをファシズムだと言っているのだ。ここでファシズムは単に「自分たちの敵」というぐらいの意味しかない。)
まあ、わしに関しては、今後もファシズムとかファシストとかいうレッテルを聞いても、それを単なる悪口と捕らえて、イデオロギーとしては深く考えないでしょうね。(笑)
★★★★☆