ヘタレ投資家ヘタレイヤンの読書録

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VIP グローバル・パーティーサーキットの社会学

アシュリー・ミアーズ 訳・松本裕 みすず書房 2022.1.17
読書日:2022.9.28

超富裕層が集まるパーティーの世界がどんな構造になっているのか、社会学者が参与観察により明らかにした本。

訓練を受けた社会学者が実際にその世界に潜り込み、観察した結果を報告する参与観察は、その潜り込む世界が普段と異質なほど価値が高い。たとえば「ヤンキーと地元」では、暴走族のパシリとなって中に入って実態を報告してくれている。

本書では超富裕層が夜な夜なニューヨークの高級クラブで繰り広げるパーティーや、季節ごとに高級リゾートに集まって開くパーティーに潜入しているが、これはとても難易度が高い。そんなパーティーシーンにどうやったら入れるのか。

超富裕層のパーティーにはかわいい女の子(girls)が必須で、そのような女の子が大量に必要なのだ。女の子は誰でもいいわけではない。ズバリ、モデル級の女の子が必要なのだ。そのような女の子を大量に集めるのは大変なので、専門のプロモーターが存在する。

著者のアシュリー・ミアーズは幸いにもモデル級の容姿を持っていたので、プロモーターに接触して、女の子の一人として潜入することができたのである。女の子は20代後半までというのが普通だが、アシュリーは女の子として通用するぎりぎりの31歳だった。若く見えたので問題なかったが、実際の年齢を打ち明けると他の女の子は一様に驚いたという。

では、超富裕層のパーティーシーンはどうなっているのだろうか。

こんな高級クラブで超お金持ちが何をやっているかと言うと、ひたすら散財し、自分の富をひけらかす、ということをするのである。ただそれだけなのである。

こういう超お金持ちが2組やってくると、お互いに張り合ってどんどんお金を使う。そのためのばかばかしい仕掛けもたくさんある。たとえばボトルに花火をつけて、ボトルの行列を作って運ぶとか(ボトル列車という)。そんな芝居がかったことをするが、それだけで何千ドルもする。さらにはボトルの大きさもどんどん大きくなって、クラブ専用の特注の巨大なボトルなんかが作られたりする。シャンパンはドンペリはもちろんだが、次々に新しいブランドをフィーチャーして、値段が釣り上げられる。こうしたお酒はもちろん飲みきれないから、ほぼ次々に捨てられるのだが、それがいくらするか他の客は知っているから、それを見て驚嘆し、素直にすごいと思って興奮するので、超お金持ちは周りから一瞬、崇拝の念を得ることができる。それだけのために、お金は使われる。

こうして請求金額はすぐに数万ドル単位になるし、一晩で何百万ドルも使う人すらいる。毎晩のようにそれだけのお金を使ってもまったく平気なひとがこの世にはいるのである。(まあ、そりゃいるだろうね)。こういう大口のクライアントはクジラと呼ばれるのだそうだ。クジラの人たちは身銭を切って、ショーを演出してくれるありがたい客だ。

ところが、じつはクラブの経営はクジラによって賄われているのではないのだという。クジラの数はあまりに少ないからだ。実際にクラブの収益を支えているのは一晩で数千ドルを使う人たちだ。たいてい金融機関に勤めているような人や美容歯科のような高収入の人たちで、たまにちょっと散財して遊んでみようかという人たちだ。こういう人たちはクジラのお金の使い方をみて楽しんでいるが、あまりにバカバカしいお金の使い方なのでクレージーだと素直に思っている。こういう数千ドルを落としていく客でクラブは回っているが、しかし、こういう人達が来るのもクジラが来るのも、店が評判を勝ち得ているからこそだ。

店の評判を勝ち取る手段が、客の女の子の質なのである。このため高級クラブの経営戦略は「モデルとボトル」と呼ばれているそうだ。なので、店はたくさんの魅力的な女の子を集めるための工夫をする。例えばモデル級の女の子は、すべて料金は無料である。もちろんそうなのだ。

一方、男性は単に高収入のような人間というだけではなかなか入れなかったりする。特に黒人などの有色人種は入れなかったりする。しかし魅力的な女の子を何人か連れて行くと、中に入れる。黒人だろうが、多少ファッションがダサかろうが、入れる。つまり女の子が通貨になっているのだ。

こうして高品質の女の子を何人も連れて行くと、店の方から、こういう子をそろえてくれるのなら、お金を払うという申し出がある。こうしてプロのプロモーターが誕生する。成功するプロモーターが出現すると、やがて最初からプロモーターを目指す者も出てくる。こういうプロモーターには移民や黒人が多いそうだ。

プロモーターは身近で超富裕層がお金を使っているのを見ているので、自分もそうなりたいと思う。そして、パーティーで話される儲かりビジネスに自分も絡みたいと思っている。成功するプロモーターの出口のひとつは、自分のクラブを持つということなのだが、それにも出資してくれる人が必要だ。

そういうわけで、超富裕層のクライアントと関係を結ぶことを目指しているプロモーターは、涙ぐましい努力をして女の子を集める。

女の子でいちばんいいのは本物のモデルである。じつはほとんどのモデルは貧乏なので、プロモーターは無料の食事や泊まるところを世話したり、昼間は運転手として送り迎えをし、毎日たくさんのショートメッセージを発信して、女の子を集めている。

しかしモデルがいつも手に入るとは限らないので、マシな一般人にも声をかける。田舎からニューヨークに出てきた大学生なんかは、知り合いもいないし、こういう都会的なパーティに憧れる場合もあるので、声をかけると繋がりができることもある。実際はほとんど無視されているようだが、プロモーターがそれでめげることはない。

面白いのは、こうして無料の食事やパーティーに誘うとしても、けっして女の子に直接お金で対価を支払わないことだ。女の子はあくまでもパーティーを楽しむために来ているという設定なのだ。お金を支払った瞬間、それは仕事になってしまい、女の子の方も白けてしまうのだそうだ。もしプロモーターの方が、お金を払うから来てくれないか、などと頼むと、女の子の方では、「このプロモーターは必死だな」とか「もう落ち目だな」とか思うんだそうだ。なので、プロモーターの手段は親密な人間関係が勝負になり、友達と恋人の中間のような関係を目指し、女の子とのいちゃつきを盛んに使うという。

さらに、プロモーターはクライアントに女の子をあてがうこともしない。もしそうなっても、それはクライアントと女の子の間のことで、自分とは関係ないこととして取り扱う。自分がポン引きのレベルまで落ちてしまうのを恐れているからだ。だがそんなふうに気をつけていても、周りからはプロモーターは単なるポン引きと思われていることが多い。

こうしてプロモーターは一晩で数千ドルのお金をもらうが、自分からの持ち出しも多く、そんなに大儲けしているというわけでもなさそうだ。自転車操業的で、めったに病気にもなれない感じらしい。

こういうプロモーターには女性もいて、女の子と友だちになってパーティーに招待する。こちらはいちゃつきという手段が使えないので、純粋に友情がたよりになるのだが、女の子の中には女性のプロモーターの方を好む子もいるようだ。だが、女性プロモーターのほうが明らかに女の子の確保に苦労する。

ちなみに、女の子の条件としては、身長は175センチ以上で、12.5センチの高さのハイヒールが必須だそうで、店のどこから見ても目立たなければいけないという。もちろん、痩せていなくてはいけなくて、余分なお肉がついている女の子は中に入れてもらえない。そしてモデルの力は強力で、一般人とモデルは見ただけですぐ違いがわかるんだそうだ。モデルが店に入ってくると、とたんに全員の注目を集めるという。

こういう貧乏なモデルは東欧の出身が多いらしい。田舎から出てきた場合と同じように、ニューヨークでは伝手があまりないので、プロモーターに目をつけられる。もちろん白人で、ブラウンやブラックの色の女の子はほとんどいない。

わしが分からなかったのは、モデルの子が貧乏だとしても、ブランド物の服やバッグを身に着けているはずだから、そういうものはどうしているんだろうということだった。これはモデルの場合、出演料も安いが代わりにショーで使った現物を支給されることが多いんだそうだ。そういうわけで、貧乏なモデルはお金はないが(無料の)ブランド物だけはたくさん持っている。そうすると、モデルはお金を使わずに、自分の身体という資本だけで生き延びているらしい。(実際、ほぼ肉体労働ですよね)。

一般の女の子の場合は服なんかは自前で用意しなくてはならないので大変だが、実際にはほとんど誰もブランドは気にしていないので、ZARAなんかの70ドル程度のワンピースでも、若ければ十分らしい。著者のアシュリーも姉からもらった中古のルイヴィトンのバッグを継ぎ当てがバレないように苦労して使っていたそうだ。

お金持ちはジェット機で世界を一年中回っているので、こういうパーティーはニューヨークだけではなくて、アメリカならフロリダで、ヨーロッパではミラノやイビサ島などでも開かれて、プロモーターも女の子を連れてあちこちに出向く。

しかしながら、どこだろうとやることはまったく同じようだ。盛り上がって、お金をどんどん使う。どこに行っても同じことを延々と繰り返しているのだ。しかもいつも同じような顔ぶれの狭い世界なのだ。

こんなことをずっとやってて飽きないのだろうか? 飽きると思う。

無料の食事も、プロモーターはレストランと提携していて、モデルを連れて行くと喜ばれるので無料なのだが、その代わりそのほとんどは残り物ということになるんだそうだ。で、毎回代わり映えしない内容となる。ただし料理は無料でも、チップは払わなくてはいけないので、プロモーターは数百ドルは使わなくてはいけない。けっして安くはないのだ。なので、金持ちのスポンサーがついてきて、メニューに載っている好きなものを食べてもいいと言われるととたんに食事も盛り上がる。

女の子たちも、こんな事ができるものわずかの期間と思っているので、20代後半になると、プロモーターと同じように思惑を持って超富豪の人たちに意図的に接近するものも出てくる。では、超富豪たちは、自分たちと関係を結びたがるプロモーターとか女の子たちのことをどう思っているのだろうか。

当然ながら、彼らはプロモーターのことをビジネスを一緒にやる対象とは思っていない。まったく相手にしていないので、ビジネスに関してはプロモーターたちの片思いで終わってしまっている。プロモーターたちは横で金持ちのビジネスの話を聞いているだけだ。

一方、女の子のことはどう思っているんだろうか。

これもまた、まったく真面目に付き合う相手とは思っていない。彼らはこういうパーティーに来る女の子は美しいだけで頭が空っぽだと決めつけている。実際には大学で哲学や医学を学んでいる女の子もたくさんいるのだが。

女の子たちにとってこんな扱いは割に合わないんじゃないかと思うが、彼女たちは普通の女の子の知らない世界を知っていることで、自分は選ばれた存在だと思っていて、それなりに自尊心が満たされているようだ。彼女たちは生きた通貨として使われているが、たしかに通貨には価値があるわけだ。

まあ、ともかく、こういう生活を飽きずにずっと続けられるというのは、ある意味すごいなあ、という気がする。わしなんかは、家族でファミレスで5千円も使うと、今日は豪勢な出費をしたなあ、と思ってしまうんだから。でも、使うのは株主優待券なんですけどね(笑)。まあ、無料という意味では同じなのかな?

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