橘玲 PHP文庫 2022.4.1 (2019年に発売された本の文庫化)
読書日:2022.9.8
日本社会の実体は前近代的な身分制社会で、イエ単位の戸籍制度、正社員と非正規社員の身分差別、ジェンダー差別などがあるが、今後はこのような差別的な身分制度は解体され、その先には日本はフリーエージェント社会になると主張する本。
日本には日本独特の身分制度が生きていて、例えばそれは日本独特の戸籍制度だったり、終身雇用+年功序列+定年退社の正社員のサラリーマンという身分だったりするのだが、このような日本独特の制度はいつの日かグローバルスタンダードに対応するために解体される運命にあるという。
(この辺の日本固有の話が強烈で、もしかしたらこの本で一番面白いところかもしれない。例えば、日本の戸籍制度では重婚が可能だという奇妙な話がされる)。
というわけで、やがて訪れるであろうリベラルな未来の社会にどのように対応しなくてはいけないかという話になるのですが、ご存知のように、リベラルの世界では努力すれば誰でも成功する、という前提に立っているので、成功しなかったら全てはその人個人の責任となり、そのひとに能力がなかったからとか、あるいはやる気がなかったからとか、なんとも残酷な残酷な話になるのです。(例えば、こことか、こことかを参照)。
そこで、橘玲が推奨するのは、自分が好きなことをやって生きていく(笑)という、まるで60年代の青春映画のような話ですが、自由に生きるためにはもちろんフリーエージェントにならなければいけません。フリーエージェントになりさえすれば、好きな仕事を好きな人とだけやればいいからです。なんのストレスもありません。
で、ここで重要なのは、「評判」という資本です。フリーエージェントは事実上、評判でしか仕事が手に入るリソースはないのですから。評判のいい人に仕事が回ってきます。評判を高めるためには、たくさんのギブをすることが必要だといいます。このギブするものは、与えても減らないもの、つまり知識を使わなければいけないといいます。知識は与えても減りません。こうして作ったネットワークは人脈となり、人脈も与えても減らない資本となります。
人はサラリーマンをしていてもいつかは退職しフリーになり、一人の投資家になるのだから、サラリーマン時代はフリーへの準備期間に過ぎないといい、この本を読んでいるような人なら可能だと信じるのだそうです。
しかしながら、そんなことが可能な人はやっぱり少数派じゃないでしょうか。そもそもやりたいことがある人がそんなに多いとも思えません。
そういうわけで、最近の「裏道を行け ディストピア世界をHACK(ハック)する」では、あまり財産がなくても楽しく生きていける方法がある、という方向を指し示すようになったのではないかと思います。これはとても納得のいく生き方ではないでしょうか。
わしもほとんどの人にはこちらの生き方を勧めます。つまり、節約と投資である程度の財産を作ったら、モノを持たなくてすむミニマリズムの生活をして、自分が人の役に立つという実感が得られることをぼちぼちやるという生き方です。会社を続けてもいいし、やめてもいいでしょう。しかし、ストレスのない生活を選択できるという状態にしておくことが何よりも大切なんだと思います。
(いちおう、この本でもFIREという生き方を紹介しています。でもミニマリズムは「裏道を行け」で初めて出てきたようです)。
ところで、富の格差について橘玲は、民主主義の世界では上位1%の人間は99%に数で負けるのだから99%が勝つと、かなり楽観的です。財産は国外に持ち出せても、肉体自体が国内にある限りは富裕層は逃げられないといいます。確かに。たとえ日本から逃げ出せても逃げ出した先が安泰とは行かないでしょうからね。そろそろ民主主義の暴力的な面を発動させてもいい時期かもしれません。
**** メモ ****
<日本の前近代的な身分制度>
(1)イエが基本単位の戸籍制度
・親なのに親でなくなる親権問題。
・外国人の子供に戸籍を取らせるために重婚を認める新日系人問題。
・在日問題。
・イエ単位では社会保障制度の存続は不可能。
(2)正社員と非正規の会社の身分制度
・同じ仕事なのに給料は半分以下の非正規
・労働組合は正社員を守るためにあり、非正規を犠牲にする。
・正規社員になるためにブラック企業に就職するという矛盾。
・女性差別、定年による年齢差別など正社員にも不満な制度。
・非正規で最悪なのは「非正規公務員」。(ほとんど奴隷)
<リベラルな社会の働き方の構造>
・クリエイター、スペシャリスト、バックオフィスの3つに分かれる。
・クリエイターは完全なフリーエージェントで拡張性がある。
・スペシャリストはフリーもあれば組織に属していることもあり得るものの、組織に属していても組織の軒先を借りたフリーに近い存在で、責任と成果主義が問われる。
・クリエイターとスペシャリストの違いは、クリエイターは拡張性があり(成果は無限大だが超リスキー)、スペシャリストは拡張性がない(例えば医者は手術できる数は限られる)。
・バックオフィスは定型的な仕事で給料も少ないが、責任がないという点で、ある意味魅力的な生き方。バックオフィスの仕事はなくならないので、会社もなくならない。バックオフィスの管理職は細分化されて、ブルシットジョブ化する。
<テクノロジーの未来>
・AIはだんだん見えなくなっていき、人間はAIに保護されるというジェリー・カプランの見方を紹介。
<富の格差>
・富の格差は開いていくが、あまりに差が開くと民主主義国ではその富を暴力的に奪うだろうから、格差問題は重大ではないと楽観的。
<結論>
日本の未来は明るい。(同感(笑))
★★★★☆