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個人投資家目線の読書録

魔術師と預言者 2050年の世界像をめぐる科学者たちの闘い

チャールズ・C・マン 訳・布施由紀子 紀伊國屋書店 2022.3.24
読書日:2022.9.6

科学技術を活用して危機を突破しようと主張する魔術師側の科学者と、地球の資源は有限だから人類の活動を抑制することが大切と主張する預言者側の科学者との闘いを描く本。

「お金持ちになるのに大切なのは節約ですか、それとも投資ですか」という質問があったら、きっとお金持ちになった人は、「どっちもやるに決まってるだろう」と答えるんじゃないだろうか。

ところが、科学の世界ではちょっと違うようだ。

今後、人類に訪れる危機には食料、エネルギー、淡水、土、気候変動などがある。これらの危機の対処方法について、科学技術で突破しようという主張(魔術師)と危機を煽って人間の活動を抑制しよう(預言者)という2つの主張が対立しているという。普通に考えるとどっちもやるに決まっているんじゃないだろうか。お互いに争っているというのがよくわからない。

これはもう価値観の争いとしか言いようがない。なので、どこか政治的な対立という感じがする。例えるなら、偉大なアメリカを作るという目的が同じでも、リベラルで国民を教育したいおせっかい好きな民主党と、保守的で個人も企業も自由にいろいろやらせるべきだという共和党が争っているみたいな感じなのだ。どちら側も相手が気に入らないという、そういうレベルなんじゃないかしら。

こんな争いができるのも、たぶん、危機がまだ切羽詰まっていないからだと思うんだよね。何しろ副題にあるように、2050年にどうなるかというところで争っているんだから。すでにいろいろ問題が顕在化しているものの、まだ言い争っている時間的余裕があるということなのでは。本当に危なくなれば、できることは何でもやるというモードに入っていくんだろう。

まあ、どちらの陣営も自分たちのやり方で危機の回避方法をどんどん検討していただければいいのではないか、という気がします。それでなんの問題もありません。

本では人口が爆発して深刻な飢餓が発生するんじゃないかという問題に対して、異なった対応をした2人の科学者を軸に話が進みます。とはいっても2人は個人的によく知ってるわけでもなくて、単に著者が恣意的に取り上げた2人なんですが。

預言者として取り上げられたのはウィリアム・ヴォートという人物で、ベストセラーになった「生き残る道(1948)」という本で「収容力(carrying capacity)」という言葉を発明して、現代の環境問題のフレームワークを考え出した人です。この収容力を超えるとその種は絶滅するしかないといい、このままでは人類も絶滅する、と予言したひとです。こうやって不吉な予言をして、世間にショックを与えて、人々に行動を促そうというのが預言者と呼ばれるひとたちです。

そして、この辺からがよくわからないのですが、こうしてショックを与えてどうしようというのかと言うと、国際的な組織を形成して、自分がそのトップに就こうとするのですね。こうするべきだ、ああするべきだ、とお説教をする立場に就こうというわけです。なんか預言者ってイマイチな感じがします。

いっぽう、魔術師側から選ばれたのはノーマン・ボーローグという人物で、小麦の生産量を飛躍的に増加させる品種改良を行って、「緑の革命」と呼ばれる変革を成し遂げた人物です。この功績に対してノーベル平和賞を授与されています。品種改良をするだけでなく、積極的に化学肥料も使用して、生産量を最大化する技術を開発しました。

こっちの発想の方が良くないかしら。わしは何度も言いますが、テクノロジーOK側の人間なので、ボーローグに親近感がわきます。わしは魔術師側の価値観の人間ということですね。

この本でも窒素肥料の開発(窒素の固定化技術)について出てきます。わしなんかは化学肥料のように、炭水化物とかタンパク質とか、食料自体を直接工業的に合成できないのかしらって思ってしまいますね。そうすれば農業は必要なくなって、高級品向けの特定の市場分だけを残してやめてしまい、人間もすべて都市に移住させて、農業に使っていた土地はすべて自然に戻すようにすればいいのではないかしら。

まあ、これは極端な考えかもしれないけど、でも炭水化物が合成できないなんてことはないと思うんですけどねえ。飢餓から完全に開放された人類は一体何をするのか、想像してみるのも楽しいじゃないですか。

ちなみに著者はあきらかにヴォート側、預言者側の人間ですね。だからジャーナリストをやってるのかもしれないけれど。ちょっとお説教好きなのかもしれません。

後半生はどちらも忘れられた存在になりますが、ヴォートのほうが悲惨な気がします。危機感を煽る本を再度出しますが、こんどは売れずに、すっかり忘れられて人生を終えます。皮肉なことに、亡くなった後、ヴォートの発想を取り入れた環境関係の本や研究がぞくぞく発表されるようになります。ローマクラブの「成長の限界」が発表されたのは彼の死から数年後のことでした。

****メモ*****
各種の問題について、預言者側と魔術師側の主張を軽く比較してみる。
(1)土ー食料
 魔術師は化学肥料を開発しさらには農業の工業化をすすめる。預言者有機農法を進める。
(2)水ー淡水
 魔術師はダムや用水路、下水の再利用、さらには海水から淡水を作ろうとする。預言者は水を節水して効率良く使う方法を教育しようとする。
(3)火ーエネルギー
 魔術師は石油などの化石燃料をこれまで推進してきた。今後は原子力発電、核融合を進めようとする。預言者再生可能エネルギーを推進しようとしている。
(4)空気ー気候変動
 魔術師はCO2を回収する技術開発をしようとし、さらには気候の制御技術の開発を進めようとする。預言者再生可能エネルギーを進め、森を育てる。

どっちもやれよ、という気がしません?(笑)

★★★★☆

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