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不自然な死因 イギリス法医学者が見てきた死と人生

Dr.リチャード・シェパード 訳・長澤あかね 解説・養老孟司 大和書房 2022.4.20
読書日:2022.7.29

子供の頃に法医学の教科書に心を奪われて法病理学者になることを決意した著者が、イギリスの法医学の変遷から自身が関わった正しい拘束に関する社会運動、育った家族と自分が作った家族、そして2万件の死体解剖の結果陥ったPTSDなどについて語った自伝。

ここで書かれている著者の自伝は、特に内容が華々しいというわけでもなく、どちらかと言うと淡々としたものだ。著者は仕事が好きで、知的好奇心にあふれているから、ちょっと変わった事件に遭遇するとわくわくしたりする。悲惨な事件、乱射事件とか大量に死者が出る事故とかに遭遇しても、プロらしく感情を内に押し込んで淡々と大量の死体を解剖し仕事を進めていく。もともと感情を表に出すタイプではなく、たまに趣味の飛行機の操縦でうさを晴らすぐらいだったらしい。

ところが彼が80年代から情熱を注いできた法医学がイギリス社会でしだいにないがしろにされるようになっていき、しかも小さな書類上のミスに対してさえ糾弾するような姿勢が強くなり、60歳のころ著者も過去の事件で見逃しがあったとされ医師の資格を停止されそうになると、ついに内にこもっていた病気が発症する。PTSDになったのだ。ちょっとしたきっかけで過去の事件がフラッシュバックするようになり、仕事ができなくなった。

この本はそうした時期に書かれた。というわけで、これはある意味、治療の一環として書かれたものらしい。たぶん、カウンセラーに子供の頃とか妻とか子供とか職場の人間関係についていろいろ語ったのだろう。母親が亡くなった話やその後の父親との関係、新しい母親のこととか、妻の話とか、スーパースターの上司との関係とか、中年の危機と再婚の話とか、そういうところが結構詳しく書かれてある。そもそも、この本は最初にPTSDを自覚したときから始まっているし。

仕事の内容としては、ナイフの傷について研究をして、死体の傷を見るとどんなふうに刺殺が行われたかを再現できるまでに究めつくして、ナイフの第一人者となる。また、容疑者が拘束中に死亡する事例が多いことに気がついて、正しい拘束の仕方を警官に教えることに力を注いだりする。また親の赤ん坊殺しの事件の難しさなどについても語られ、揺すぶられ症候群が話題となり社会の乳児の死亡に関する事件に敏感になっていく様子も語られる。著者が世間の本人が見逃したと責められる事件も乳児の死亡に関するものだった。そして遺族に対応する難しさも書かれている。

有名な事件にも多く関わっていて、9.11の時には、ニューヨークに駆けつけて、犠牲になった英国人の身元確認の対応にあたったし、バリ島のテロ事件や、ダイアナ妃の検死の結果が妥当だったかどうかを検証する委員会のメンバーになったりしている。

死体格差 異常死17万人の衝撃」という本によると、不振な死体の死因究明をする法医学の業務は、日本では大学の先生が片手間でやっているような状態だが、欧米ではちゃんと専門の法医学者(この本では法病理学者と呼んでいる)がいて、すべての病死以外の死体の解剖を行ってきちんと死因を突き止めようとするということだった。

なるほどこの自伝を読むと、なにか死体が見つかるたびに、事件であれ事故であれ、著者は呼び出されて死体解剖を行っていることがわかる。そして検死官という死因を確定させる別の専門の法律職があり、死因だけを扱う検死法廷という裁判も存在する。また解剖には警察が必ず立ち会うという。やっぱり日本よりもしっかりしているという感じだ。

ところがイギリスでもだんだん法医学は追い詰められているそうで、まず大学の医学部から法医学はすっかり追い出されてしまったそうだ。そこで法医学者たちは自分たちの団体を立ち上げて仕事を受けるようになる。また検死官も法医学者に声をかけることが少なくなってきたという。その理由はお金が死体1体あたり数千ポンドかかるからで、死因が明らかだと普通の医者のサインで十分と判断して、わざわざ法医学者を雇わないのだという。また、著者が磨いてきたナイフの刺殺の状況の再現などはまったくお呼びがかからなくなったという。かつては裁判で証言していた著者も、最近では法廷にまったく呼ばれなくなったそうだ。新技術の影響も大きいようだ。身元の特定は遺伝子解析一本となり、検死もMRIの検査で終わらることも多いようだ。というわけで、イギリスでも法医学者の役割は小さくなっている。

もちろん、法医学者の仕事がまったく無くなったわけではなく、著者はPTSDを克服して、いまでも現場に立っている。

★★★★☆

 

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