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個人投資家目線の読書録

ナラティブ経済学 経済予測のまったく新しい考え方

ロバート・J・シラー 訳・山形浩生 東洋経済新報社 2021.8.12
読書日:2022.01.28

住宅価格指数を作り、住宅バブルを警告したことで有名なシラーが、人々が語り合うナラティブ(物語)を計測すれば、経済の現状を確認し未来の傾向を予測することができると主張する本。

ナラティブというのは、物語や噂話のことで、それが人々の共感を呼ぶような話だと、次々に広まっていく力を持っている。つまりそのナラティブはヴァイラル(感染性がある)なのだという。

世の中が大きく動くときには多くの人が関わっているのだから、人々はその出来事に関するなにか納得できる共通のナラティブを語っているのではないか、というのは、まあ、理解できることではある。しかし、人々が語り合っているナラティブを集めたところで、そのお話がどんなふうに経済に影響を与えるのか、どうすれば分かるのだろうか。

たとえば、この本の最初にビットコインのナラティブについていろいろ語られている。

ビットコインは国家に管理されない初めての通貨として登場したから、ビットコインをめぐるナラティブでは、政府を否定するアナキズム的な、あるいは自由を賛美するリバタリアン的な話が繰り返された。その内容はヴァイラル性が高く、人々の間に広まって行ったという。

だとしても、最初にそのナラティブが登場した時、それがどのくらい重要で、ビットコインがどのくらい大きく成長するかを予測することは不可能だろう。世の中にはあまりにも多くのナラティブがあふれていて、そのどれが大きく育つのかはわからないのだから。

ところが、過去に何度も同じような経済状況が現れて、そのたびに同じようなナラティブが繰り返されている場合がある。このような繰り返される大きなナラティブなら、その経験をもとに、今後どのように状況が進むのか予測ができるかもしれない。

そして、そういう典型的なナラティブを投資家が知っていれば、感染症におけるワクチンのように使えるのかもしれない。つまりナラティブ・ワクチンを打っていれば(その話と似た話を知っていれば)、その人はナラティブに踊らされることもなく、冷静に対処できるのかもしれないわけだ。

例えば、バブルに関するナラティブだ。

投資の本を読んでいる人にとっては、「靴磨きの子や床屋が有望な銘柄を教えてくれるようになったら、そこが株価のピーク」などという話を聞いたことがあるだろう。

似たような話はバブルが発生するごとに繰り返されているという。そういうことであれば、バブルに関連するナラティブがどのように広まっているかを計測することができれば、今バブルのどのあたりにいていつごろ暴落するのかを、天気予報のように確率で表せられるのかもしれない。

ちょっと難しいのは、どうもナラティブは時代に合わせて内容が少しずつ変わって伝わるらしいということだ。まるでウイルスの変異株のように、今までの話から少し装いを変えて登場する。だから計測すべきキーワードも少しずつ変わっていく。

現代はデジタル時代だから、ネットで話される会話から、AIがそのナラティブが過去のナラティブの変異株であることを検出し、新しいキーワードも自動抽出してくれるようになるかもしれない。そうなれば、自動的に必要なデータを集めて、その後の経緯との相関関係を調べることができるかもしれない。

シラーが有望だと主張するナラティブ経済学だが、いまだ確立したものではない。しかし、ナラティブが伝わっていく様子は、感染が広がっていく疫学の数式や概念を応用できる。AIも発達していくだろうから、ここ10年ぐらいでなにか有望な結果を出せるのかもしれない。

今後の進展に期待かな。なかなか難しい話だとは思うけれども。

グーグルが過去の本をデジタル化したおかげで、グーグルNグラムで過去の本に出てきたキーワード検索ができるようになり、どんなナラティブがいつ頃どのくらい出てきたのか過去にさかのぼって計測できるようになった。これはすごいことだと思う。今後はナラティブがリアルタイムに計測できるようになるのだろう。

**メモ 繰り返される9つのナラティブ**

1 パニックと不安:銀行が破綻するのではないかという金融パニックや経済がうまくいかずに失業するのではないかという不安に関するナラティブ。

2 倹約vs顕示的消費:物質消費には意味がないとして消費をせず質素な生活を尊ぶナラティブ。逆に、周りの人に負けずにそれ以上に消費して見せびらかすべきだという積極的消費のナラティブ。

3 金本位制vs金銀複本位制:通貨は金本位制のような確かな資産に基づいて通貨の発行を抑えるべきだというナラティブ。逆に、自由にたくさん通貨を発行しようというナラティブが金銀複本位制(シルバライト)。ビットコインのような暗号通貨のナラティブは金銀複本位制の変形のようにみえるという。

4 労働節約機械が多くの職を奪う:新しい動力の採用や機械の導入によって職が奪われるという技術失業のナラティブ。生産が機械によって増えて供給が増えすぎてデフレになるというナラティブ。

5 オートメーションと人工知能がほとんどの職を奪う:4のナラティブのコンピューター版変異株。機械が賢くなって、失業するというナラティブで、最近ではシンギュラリティのナラティブという派生もでてきた。

6 不動産バブルとその崩壊:土地や建物の不動産に投資すれば間違いないというナラティブ。

7 株式市場バブル:株のバブルのナラティブ。これは土地バブルとは異なる経路を通るという。バブルの形成以外に、バブルがいまにも崩壊するというナラティブも豊富で、破産して自殺するという自殺ナラティブなど内容は多彩。

8 ボイコット、不当利益、邪悪な企業:ボイコットって人の名前なんだそうだ。何かに反対する話は多いが、ボイコットが新しいのは、消費者や労働者が団結すれば大きな敵に勝てるというナラティブだから。またインフレが起こると邪悪な企業が不当利益を得ているというナラティブが発動しやすい。

9 賃金物価スパイラルと邪悪な労働組合労働組合が自分たちの利益しか考えないというナラティブがあり、その結果、賃金上昇と物価上昇のスパイラルが起こるというナラティブがある。

★★★☆☆

 

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