ヘタレ投資家ヘタレイヤンの読書録

個人投資家目線の読書録

スピルオーバー ウイルスはなぜ動物からヒトへ飛び移るのか

デビッド・クアメン 訳・甘糟智子 明石書店 2021.03.31
読書日:2021.8.4

動物からヒトに病原体が伝染る人獣共通感染症(ズーノーシス)に魅せられたジャーナリストの著者が近年盛んに起こるようになったズーノーシスについて、アウトブレイク(急激な感染)した現地をめぐるのはもちろん、世界一級の研究者たちから話を聞き、論文を読み込んで報告する書。

この本は2012年にアメリカでベストセラーになったが、未邦訳だった。それが今になって翻訳されるのは、もちろんコロナ禍のせいであり、そしてこの本が明確にコロナウイルスの危険性について報告しているからだ。

動物からヒトに伝染るというとめったに起こらないことのように思えるが、実は人間だけに起きる感染症天然痘とポリオぐらいなんだそうだ。その他の感染症はほぼ動物に起源がある。

これが何を意味しているかというと、天然痘はワクチンで撲滅できるが、その他の感染症は撲滅できないということである。なぜならヒトにだけにワクチンを打っても、病原体は動物のどこかに潜んでいて、やがて復活するからだ。

病原体はウイルスとは限らず細菌、寄生虫などの場合もあり得るが、近年人類に猛威を奮っているのはほとんどウイルスである。ウイルスには抗生物質が効かないからだ。抗生物質は細菌の細胞分裂のプロセスを阻害するもので細菌には有効だ。しかし遺伝情報だけを持つカプセルにすぎないウイルスには細胞がないのでなんの効果もない。

動物からヒトに伝染るとすると、もともとのウイルスの保有宿主(レゼルボア・ホスト)はどの動物なのか、それがどんな動物を経てヒトにまで達するのか、ということが分かると、当然ながら次のアウトブレイクへの見通しが良くなるから、そういう情報が有用だ。しかし、これが大変なのだ。

ともかく片っ端から怪しい動物を捉えてサンプルを取って、ウイルスを見つけようとするのだが、うまく行かないことが多い。ヒトに伝染るのだから、哺乳類だろうというのは、いい推定だ。そしてだんだんわかってきたのは、コウモリの危険性だ。

コウモリはなんと哺乳類の20%を占めるんだそうだ。そして種類も多い、何よりも空を飛んで、ときには何百キロも移動する。コウモリは仲間同士で密集することが多くて、群れの中ではすぐにウイルスがお互いに感染する。ウイルスが活動を続けるにはある程度まとまった数の集団が必要なのだが、コウモリは簡単にその基準を満たしてしまう。

そういうわけで、コウモリ由来の病気は、ヘンドラ、ニパ、狂犬病とその近縁種のラッサウイルス、SARSーcov(サーズーコロナウイルス)がいて、マールブルグ、エボラも強く疑われている。新型コロナウイルスCovid−19もコウモリ由来の疑いが濃厚だが、中国政府がこの種の調査を妨害している。まったく信じられない話で、こんなんじゃ、武漢の研究所から流出したという話が広がってもしょうがない。

この本の登場人物は多くの人がNBO(ネクスト・ビッグ・ワン)という言葉を繰り返す。次に起きるパンデミックのことを差しているのだが、多くの研究者がパンデミックを意識して研究を続けていたわけで、きっと今回の新型コロナのパンデミックにも役立ったに違いない。これにはDARPA(アメリカ国防高等研究計画局)まで参加しているのだから、パンデミックは安全保障上の問題だ。

そして多くの研究者からNBO候補としてあげていたのが、インフルエンザ・ウイルスとコロナ・ウイルスだった。2つともRNAタイプのウイルスで非常に変異が早い。もちろん研究者の予想は見事にあたったわけだが。

SARS(サーズ)のところで、SARSは症状が現れてから感染力が増すので幸運だったという話が書かれている。感染力が増してから症状が出るようなタイプではパンデミックが起きやすいとの指摘がある。これも新型コロナでは不幸にも的中してしまった。

著者がズーノーシスに興味を持ったのは、エボラが広まった頃、13頭のゴリラの死体の話を聞いたからだ。ゴリラはある地区ではエボラにかかってほぼ全滅したのだ。著者にとって非常に衝撃的な話だったらしい。(当時、エボラはサルがホストと考えられていたので、ゴリラがエボラにかかって死んでいくのは驚きだった)。

著者のクアメンはオリジナルの論文に当たって読み込むだけではなく、研究者に直接会いに行って、話を聞いたりしているが、そこにはどこか研究者に対する羨望が感じられる。こどものころに毛虫のアウトブレイク(大発生)にクアメンは遭遇して、生物に非常に大きな興味を持ったらしいのだが、研究者への道は進まなかった。数学に適性がなかったからだそうだ。実際、感染症の広がり方には微分方程式が使われているが、その方程式は理解できていないようだ。最近よく知られるようになった、基本再生産係数R0(1以上で感染が拡大する)が紹介できる限界らしい。

まあ感染症の方程式はともかく、ズーノーシスの各感染症について詳しく書いていて興味深い話が多い。

マラリアもズーノーシスだとは知らなかった。大富豪のゲイツ・メリンダ財団はマラリアの撲滅を目指しているが、ズーノーシスだとすると、著者の指摘通り、撲滅はほぼ不可能である。

エイズの話も興味深い。エイズはレトロウイルスという種類であり、レトロとは逆行するという意味だそうだ。普通の細胞ではDNAから情報が読み取られてRNAに転写されてタンパク質が合成される。レトロウイルスはこれを逆転して、自分のRNAを細胞のDNAのなかに潜り込ませる、という。そして細胞が分裂するたびに一緒に分裂し、増えていくという戦法をとる。この方法では細胞が分裂しないと増えないので、非常にゆっくりと増えていく。基本再生産係数R0は1をわずかに上回る程度だそうだ。感染も比較的ゆっくりと進んでいく。

ゆっくりなので、エイズが報告された1970年代よりもはるか前にエイズはヒトの世界に入ってきたらしい。推定では1908年だそうだ。もしかしたら今もヒトの間でゆっくりと広がっている未知のウイルスがあるのかもしれない。

新型コロナに関しては、著者はブログ以外は活動をしていなかったそうだが、最近活動を開始したらしい。なにか新しい事実を報告してくれるのを期待する。

★★★★☆

 

にほんブログ村 投資ブログへ
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ