ロイド・スペンサー・デイヴィス 訳・夏目大 青土社 2021.5.10
読書日:2021.7.5
ペンギンが専門の生物学者がペンギンの生態と極地探検家の生態を同列で観察し記述するという奇妙な書。
著者はニュージーランド人で、南極探検家の冒険を読んで南極にあこがれ、ペンギンの研究者となった。ペンギンを選んだのはかなり偶然で、最初は別の生物の研究をするつもりがだめになり、急遽ペンギンに切り替えたらしい。つまり何を研究するかではなく南極に行くほうを優先したわけだ。
そこでペンギンの性行動を観察し、オス同士の交尾行動、つまりペンギンに男色があることを発見し、驚愕する。しかもそれが、イギリスのスコット隊の学者によりすでに20世紀のはじめに観察されていた事を知り、その人類初のペンギン学者ジョージ・マレー・レビックに興味を持ち、調べたのがこの本だ。
レビックは男色だけでなくさまざまなペンギンの驚愕の性活動を観察したにも関わらず、発表しなかった。この本はそれはなぜかということを探る本でもある。
さらにレビックは探検家としても驚くべき経験をしている。食料も燃料もないままに南極に取り残されたものの、越冬して、無事に帰還するという信じられない経験をしているのだ。
レビックが参加したイギリスのスコット隊というのは、南極点一番乗りを争ったアムンゼンとスコットの話のあのスコット隊だ。アムンゼンは南極点到達のみを目標に、それを安全に早く確実に行うことに最適化した冒険隊だったが、スコット隊は科学研究を目的に掲げていたので、南極点探検だけでなくそのほかの未踏の地の探検も行った。
そしてキャンベル隊という南極点を目指すのと別グループが未踏の地に探検にでかけたのだが、このグループは探検に行った先で冬になり取り残されたのだ。食料も燃料もない極限状態だったが、なんと無事に生還した。レビックはこのキャンベル隊の医者として参加し、全員の健康を守り、無事に帰還させることに尽力したという途方もない人だったのだ。
南極で遭難して無事に帰還した話としては、シャクルトン隊の話が有名だが、キャンベル隊の状況はシャクルトンよりもさらに厳しい状況だったのに関わらず、全く知られていない。極地に到達したものの死亡して帰還しなかったスコットの悲劇の影に隠れてしまったのだ。
というわけで、この本は知られざる極地探検家としてのレビックを語る本でもある。当然ながら、当時の有名な極地探検家が勢揃いで出てくる。
これだけの材料を見てもなかなか面白そうなのだが、これは実に不思議な本でもある。何しろ生物学者である著者はペンギンとこれらの極地探検家たちの生態を区別することなく、同列で論じているのだ。まるで極地探検家がペンギンの一種であるかのように観察し、ペンギンと比べて評価している。本人的には全く違和感がないのだろうが、読んでいる方としては、違和感ありありだ。人間とペンギンを一緒に論じていいんだろうか。
具体的にはペンギンは見かけの貞淑なイメージとかけ離れており、離婚、不倫、レイプ、死姦、男色、売春と奔放な性のオンパレードなのだが、実は極地探検隊の人間関係もかなり性的に奔放なのだ。まず不倫は当たり前で、しかもライバル関係にある別の国の探検家とも不倫を行っている。たぶん一番衝撃的なのは、スコットが南極で苦労しているさなかに、妻のキャサリンがノルウェーの有名な探検家ナンセンと浮気をしていたという事実だろう。ナンセンはスコットのライバルであるアムンゼンの師として有名だ。
そういうわけで、登場人物の性的嗜好について、著者はいちいち指摘しなくてはいられなかったらしい。これによると、ナンセンは不倫大魔王で多くの人妻と寝たし、アムンゼンも最初は女性にあまり興味がなかったようだが、有名になると、やはり人妻と愛を交わしている。南極に建てた基地となる小屋の性能をノルウェーで確認したとき、その小屋は不倫の愛の巣にだったらしい。またシャクルトンは港、港に女あり、という状況だったという。
本書の主人公であるレビックにはそんなことはなく、どちらかというとビクトリア朝時代の堅物という感じで、そのせいか、ペンギンの奔放な性を確認しても、これを暗号で書き記して他人から読めないようにして、しかも発表しなかった。理由は最後まで不明だが、自分でそれをわざわざ発表することもないと判断したらしい。どちらにしても、世界最初のペンギンの研究書を発表したという栄誉はレビックが得ているのだから。
ペンギンの奔放な性については、ほとんどが南極における繁殖の期間が限られているという事実ですべて説明できるという。ペンギンは一夫一婦制ではなく、毎年のようにパートナーを変えるという。これは前のパートナーが戻ってくるのを悠長に待っていられないからだ。待っているうちに繁殖の期間を逸してしまうかもしれないからでやむを得ないらしい。そうすると、新しいパートナーと子作りをしているうちに、前のパートナーがやって来ることがある。するとメス同士で激しい喧嘩になるらしい。ペンギンの世界ではオス同士だけでなく、メス同士も喧嘩をするのだ。
不倫も同じで、メスはよく浮気するが、限られた期間に雛が確実にできるようにするためらしい。それは、パートナーの精子が使えないかもしれないからだ。もちろんオスはチャンスがあればいつでも交尾をしようとする。というか、オスはあまり相手をよく見ずに交尾する。前かがみになったペンギンらしきものを見ると、それがなんであれ構わずに交尾しようとする。それがオスでも、死んだ個体でも、さらにはぬいぐるみの人形でも、かまわず交尾しようとする。
ペンギンの世界では、巣を作るための小石が非常に貴重で、まるで通貨のような役割を果たすという。だから他の巣から泥棒するのは当たり前で、オスが巣にいると、メスは交尾をするふりをして石を持っていってしまうという。特にパートナーがいないオスは、暇なのでせっせと石を集めており、こういうオスにわざと近づいて、交尾をさせてそのスキに小石を持っていくという。これが売春と呼ばれる行為だ。
著者はレビックの生涯を追いかけているが、レビック自体は南極探検から帰るとペンギンの研究をやめて、軍医として働き、晩年は青少年の自然を体験するツアーを行う組織を率いたりした。南極で越冬したとき、帰ったら必ずオートバイを買ってカナダを旅するとさんざんキャンベルと話し合ったにも関わらず、帰ってきてからそれを実行することもなかった。著者はレビックの晩年にかなりがっかりしているようだが、確かにこれだけの冒険や実績を残しているのに関わらず、世間的にはまったく無名というのも不思議な話だ。
この本で少しでもレビックのことが知られればいいと思うが、しかしこのペンギンと探検家を同列に論じるという奇妙な本が、あんまり世間の注目を集めるとはとても思えないんだよなあ。(苦笑)
★★★★☆