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アダプティブ・マーケット 適応的市場仮説 危機の時代の金融常識

アンドリュー・W・ロー 訳・望月衛、千葉敏生 東洋経済新報社 2020.6.11
読書日:2021.6.21

これまでの経済学は物理学を模倣して「効率的市場仮説」で理論を組み立てていたが、実際の経済活動は生態学との親和性が高く、ダーウィンの適者生存の法則を模倣した「適応的市場仮説」による理論を作るべきだと主張する本。

これまでにも何度か述べてきたことだが、わしは「効率的市場仮説」あるいは「ランダムウォーク」などといった概念が大嫌いである。実際に経済がそうなっていないということを日々実感しているということもあるが、ともかく発想自体が生理的に受け付けられない。

そもそもこれらは経済的には完全に合理的に判断し行動するホモ・エコノミクスとよばれる架空の人間の存在が前提だ。しかし今生きている人間のなかに、自分は完全に合理的な経済活動をする、などと自信をもって言える人はひとりもいないだろう。つまりなんとも非人間的、非現実的な前提なのだ。

効率的市場仮説によると、市場につく価格、たとえば株価はすべての情報をすでに織り込んでいて完全だという。この情報の中には、現在の実際の情報だけでなく、将来どうなるかという人々の予想も織り込まれているという(合理的期待仮説)。そしてある新しい情報、例えば金利が上がりそうだという情報が出てくると、それに対する直接的な反応だけでなく、その反応に対応する動き、さらにその動きに対応する反応というふうに、幾重にも折り重なった反応がすべて一瞬のうちに織り込まれるのだという。

このようにすべてが織り込まれた完全な価格であるから、例えば株で儲けることはできないという。株価の動きは大気の分子と同じようにランダムに動くしかなく、したがって株に投資することはすべてギャンブルと同等になり、儲けたとしてもそれは単なる幸運ということになる。バフェットなどの成功している投資家は、外れ値と処理される。(外れ値にしては大きすぎる存在ですが)。

これに対して、適応的市場仮説は、それぞれの人が経済環境の変化に適応しようとして予測し、行動する結果が現在の経済を作っていると発想する。この仮説の世界では経済は静的なものではなく、常に変化する生態系なのだ。自然と同じようにもっとも成功するのはもっとも新しい経済環境に適応した者だ。しかし当然ながら環境はすぐに変わるので、今日の勝者が明日の勝者になるとは限らない。

確かに完璧に合理的と仮定されているホモ・エコノミクスよりはマシな設定だし、そう考えるほうが現実にあっているのはわかる。2008年のようなリーマンショックが起きて株式市場が急落したときに、効率的市場仮説の経済学者はそれがなぜ起きたか説明することはできなかった。なにしろ市場は完全というところで思考停止しているんだから。しかし適応的市場仮説ならば、みんなが適応するようにこんなふうに動いたから、などと説明することができる。

なるほど。

たしかに納得性は高まるし、思考停止の効率的市場仮説よりははるかに好ましい。でもねえ、これがきちんと理論化されて何か使えるものになるかというと、はなはだ心もとないんですよ。

たとえば、ローは適応的市場仮説にしたがった投資戦略について述べてるけど、これが、どれも「リスクがあり、注意が必要」という但し書きがついているんだな。だって当たり前だよね。生態系が、環境が変わることが前提の理論なんだから、変わったら戦略を変えなければならず、よく言われるように生き残れるのは変化し続けたものだけ、ということなんだから。まさしく、パラノイアだけが生き残れるんでしょうか。

今後の発展に乞うご期待! みたいなことをローは言ってるけど、この仮説から本当に役に立つ理論が生まれるのか、心もとない気分になりました。

しかし、ローが心に描く今後の発展のイメージには期待が持てるかもしれない。何しろ、これまでの効率的市場仮説ではすでに市場は完全だから、これをなんとかしようなどという発想自体がない。一方、適応的市場仮説では、生態系が発想の源なので、(主に政府が)生態系に手を入れるという発想を含んでいるからだ。

これを例えるのなら、国立公園で野生動物の生態系を管理する、みたいな感じでしょうか。経済の生態系はテクノロジーの発展と政府による規制の影響を強く受けることが分かっている。なので、この規制をうまく使うことが述べられている。

まずは生態をよく知るために、いろんな経済状況を測定できるツールをたくさん用意する。なにしろ科学は測定するところから始まるのだから。そして、なにかリーマンショック級の大きな経済的な事件が起きた場合、なぜそれが起きたかの独立した航空機の事故調査委員会のようなものを組織して、提言をしてもらい、規制をすることで、大きな経済事故が起きる可能性をどんどん下げていく事ができるのではないか、と述べている。

(ただ、経済的な事件はその原因の合意が得られないことについても述べられているのだけれど。大恐慌が起きた原因についても未だに議論が行われ、2008年のリーマンショックについても未だに論文が発表されているという。)

さらには、金融を工学的に使って、人間の健康の発展や貧困の解消を後押しすることができるのではないかという。ローはスタートレックに出てくるような貧困者がいない理想的な未来を実現できると信じているのだ。

しかし、まあ、適応的市場仮説をもとにした使える有望な理論が出てくるのに、あと10年はかかるんじゃないかって気がしました。これまでの効率的市場仮説よりははるかにマシなのは確かですので、長い目で見ていこうと思います。

本の内容は、ほぼローの学者人生全体を含んでいて、なかなかおもしろかったです。

学者になりたての頃、軽い気持ちで株式市場でランダムウォークが成り立っているのか検証したところ、なりたっていなかったので、これまた軽い気持ちで学会で発表したところ、大物の経済学者から反発をくらい、プログラムのバグだろうぐらいの扱いをされたらしい。ここで自分が正しいと強く出たらまずいとの判断が働いて、いったん引いた、というのがアジア系(ローは中国系)のふるまいっぽくてリアリティがありました。もちろん適応的市場仮説を大声で唱え始めたのは、終身教授になってからなんでしょうね。

このとき、効率的市場仮説信仰がいかに根強いかということに気がついた、と言ってるんですが、しかしですねえ、ここを読んで、わしは本当に大学で経済学に進まなくて良かったと思いました。きっとこんな不自然で狂信的な学問には耐えられなかったでしょうからねえ。(まあ、これはアメリカの話で、しかもわしの進んだ大学の経済学部はほぼマルクス経済学系だった気が(笑))

ところで、適応的市場仮説は、効率的市場仮説を含んでいる存在なんだそうです。つまり、市場という生態系の変化が少ない定常状態の場合が効率的市場仮説の状態らしいのですが、まあ、これは納得できるかな。それで適応的市場仮説と効率的市場仮説の関係は、アインシュタイン一般相対性理論ニュートン力学みたいな関係だといいます。まあ、そうとも言えるかな。

ほかにも興味深い話が満載で、読んでいる分にはとても楽しめました。

★★★★☆

 

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