高野秀行 新潮社 2020.08.27
読書日:2021.4.24
納豆は日本やアジアだけではなく、世界中で食されており、ホモ・サピエンスとともにあったことを報告する本。
高野秀行の行動力はとどまることを知らない(笑)。前著、「謎のアジア納豆」では、納豆が日本独特の食べ物ではなく、アジアの辺境でも広く食べられていることを報告した。それから4年。今度はアフリカにも納豆があるという話だ。
前著で驚かされたのは、単に納豆がアジアで広く食べられていたことだけではない。納豆菌に関する真実だ。
日本では、納豆菌は藁(わら)にいるものだと思われている。だが、実はほぼどこにでもいるのである。そのへんの草を蒸した豆と一緒にしておけば、ほぼ確実に納豆ができる。納豆菌は普遍的に存在するのだ。そういうわけで、世界中に納豆があってもおかしくないわけだ。
というわけで、アフリカにもあるはずとして、調査をすすめるのだが、相変わらず幼馴染やら早稲田大学の先輩、後輩やら、使えるツテを全て使って、真実を手繰り寄せていくのである。このへんの引き寄せの力は相変わらずで、読んでいて驚嘆する。
こういう調査では、ネット情報というのが、あまり当てにならないというのが面白い。なぜなら、人は自分が当たり前だと思っていることをネットに書かないからだ。納豆は地元の人にとっては当たり前すぎて、話題にならない。
それよりも、しっかりした学者の論文の方がはるかに役に立つ。例えば、「照葉樹林文化論」の中尾佐助が、1960年代にアフリカの植生や食文化について貴重な報告をしていたのが役立ったりしている。高野はそういう日本の研究書に当たるだけでなく、アフリカ、韓国でも現地の学者にも突撃して、貴重な情報を得ている。
アフリカの納豆は、大豆を使わない。最近は大豆の栽培も行われているようだが、大豆は東アジアで栽培されるようになったもので、アフリカにはもともとないものだからだ。その代わり、アフリカではパルキアの実を使うという。パルキアの木はサヘル地域に広く生えていて、その実は大豆そっくりだ。それを蒸して納豆にする。
パルキアの木が少ないところでは、ハイビスカスやバオバブの納豆が作られるという。この納豆は食べるというよりは、料理の出汁専門の使われ方だ。この出汁が入っているかどうかで、料理の味が全く違うというのも面白い。この辺は、納豆がじつは魚介出汁などが手に入らない辺境でよく食べられるとする高野説と整合的だ。
それにしても、この本を読んで驚くのは西アフリカ社会の活気ある現状だ。アフリカではいま人口爆発が起きているが、増えているのはこの西アフリカ地域なのだ。そして、この地域の人々のおいしいものを求める意欲は素晴らしい。ブルキナファソの料理の質は料理大国の日本にまさるとも劣らない印象だ。
それに興味深いことに、納豆(スンバラ)を大量に食べるせいか、この国に来ると誰もが血圧が正常値に戻ってしまうという。
この本では味の素とマギーの話がよく出てくるが、(幼馴染の健ちゃんというひとが、アフリカの味の素の偉い人なのだ)、味の素の普及していくパターンというのも面白い。
普通、味の素みたいな調味料は都会の人が料理の時短のために使う印象だが、じつは新しい市場に売り出すと、まず辺境から売れていくのだそうだ。なぜなら、辺境の人たちほど美味しい味に飢えているからで、簡単に味をアップできる調味料が喜ばれるからだ。都会では地元産の出汁が豊富に出回っているから、あまり必要ではないのだという。
もうひとつ面白いのはニジェール川の話だ。ニジェール川については今回地図をじっくり眺めて驚いたが、西のギニアを水源にして東に流れ、サハラ砂漠から西アフリカを守るようにぐるっと回ってナイジェリアに注いでいる。この独特の形状について初めて認識したが、この川こそが西アフリカが現在発展している源泉だということがよく分かる。この川を中心にアフリカではかつていくつもの王国が誕生したという。このへんの歴史も興味深い。その名残で、あちこちに国王がいて、国王と話をつけないと、取材が進まないのだ(笑)。
韓国の納豆の話も驚異的だ。日本では、味噌と醤油は大豆に麹カビで作る。しかし、韓国で作られる味噌や醤油はメジュという煮た豆を固めて干したものからできるが、そのときに納豆菌が入るのだという。コチュジャンなどの醤(ジャン)類は、じつは納豆菌が入っているのだ。これはびっくりで、韓国味噌など呼ばれているが、じつは納豆の一種らしい。
こんな驚きの話が次々語られて、最後は世界各地の納豆のワールドカップが開かれるのだから、もうすごすぎる。
この調査にはたぶん、数百万円の取材費がかかっているのだと思うが、この本で無事に回収していただき(たぶん大丈夫だろう)、次の作品をぜひお待ちしております。
★★★★★