スティーブン・レビツキー ダニエル・ジブラット 訳・濱野大道 解説・池上彰 新潮社 2018.9.25
読書日:2021.1.20
現代においては、独裁者は民主主義の選挙で選ばれ、民主主義の手続きを使って独裁的な権力を握ると主張する本。
ここにはヒトラーをはじめとして現代の民主主義国に誕生した独裁者が多数出てくるが、独裁にいたる過程は驚くほどパターン化されている。著者の提供してくれる4つの指標で評価すれば、誰だって特定の人物が独裁者への道をたどっているのかどうか判断できそうだ。
この本で過去の著名な独裁者としてドイツのヒトラー、イタリアのムッソリーニ、フィリピンのマルコス、アルゼンチンのペロン、ペルーのフジモリなどがあげられ、現在進行形の独裁者としてはベネズエラのチャベス(死去後はマドゥロが引き継いだ)、ロシアのプーチン、トルコのエルドアン、ハンガリーのオルバーンなどがあげられている。
そしてもちろん、この本が書かれた最大の動機は、アメリカで独裁者の特徴をすべて持つポピュリストのトランプ大統領が2016年に誕生したことで、アメリカ社会に警告を発することが動機なのだ。(原書の出版は2017年)。
わしはトランプはちょっと変わってるけど、独裁者というほどとは思っていなかった。それに、アメリカの民主主義は強靭(きょうじん)だと信じていたので、トランプの登場ぐらいでアメリカの民主主義が危機に陥るとはまったく思っていなかった。
しかし、今年2021年1月6日のトランプ支持者による連邦議事堂侵入事件で考えが変わった。このとき、トランプは明らかに民衆を煽っていたし、暴力で状況を変えようとしたことは間違いない。この事件は、アメリカと言えども、民主主義が簡単に危機に陥るということで衝撃的だった。
そしてこの本によれば、アメリカの民主主義は、実は過去にも独裁的な傾向を持つポピュリストからの挑戦を受けてきたという。
フォード・モーター創業者ヘンリー・フォードは非常に独裁的な思考の持ち主で、ナチスドイツにシンパシーを持っていた人物だったという。また大西洋単独無着陸飛行で有名になったリンドバーグも同様に独裁的な思考を持つ人物だった。二人とも民衆に人気で、大統領選に挑戦したが、既存の政治勢力に阻まれて大統領にはなっていない。
こうした独裁的な動きに反応してそれを阻んだのは、各政党のエリートたちで、彼らが独裁的な傾向をもつ大統領候補を許さなかったのだ。
著者たちは、憲法などの法律や三権分立などの政治制度だけでは民主主義を守れないという。政治家が守るべき規範が成立し、維持されているていることが大切だという。それは例えば、政治的な対立者を敬意を持って尊重する、といったことだ。著者たちはそれを柔らかいガードレールと呼んでいる。この規範が守られないと民主主義は崩壊してしまうというのだ。
しかし、これはある意味、矛盾だ。民主主義は国民の意思を政治に反映する仕組みなのだが、国民の意思をストレートに反映すると、民衆に人気のある独裁的なポピュリストが政権を取ってしまう可能性がある。規範はそれにブレーキをかける役目をするが、それは間違いなく反民主主義的だという批判を受けてしまう。実際にそのような批判を受けて、アメリカの大統領選では、党の候補者を選ぶ予備選挙も透明化され、エリートたちが手が出せなくなってしまった。この結果、かつては排除されていたトランプが候補者に勝ち残ったのだ。
アメリカがさらに混乱に陥っているのは、国の政治が2極化し、規範が崩壊してしまっているからだ。かつては共和党と民主党の間で、お互いを尊重する民主主義の規範が保たれていた。しかし、ニュート・ギングリッチ(元下院議長)が登場したころから、共和党は政治を戦争と定義し、民主党に対して徹底抗戦するようになったという。
たとえばアメリカ議会ではフィリバスターという制度があり、これは日本の牛歩戦術のようなもので、審議を長引かせることであらゆる法案を廃案にすることができる制度だが、1990年代のニュート・ギングリッチ以降の共和党はこの方法を徹底的に使った。民主党もこのようなやるかやられるかの状況では共和党に協力するはずもなく、両党は完全に分離してしまった。このような勝つためには何でもありの政治状況がトランプが進出する余地を生んでいるという。
しかしなぜ共和党はこのような戦略をとることになったのか。この辺がアメリカ人ではないわしには非常に分かりにくい。現在、政治的な規範が両党の間で失われているということは、かつてはその規範があったということだ。アメリカの政治で規範が生まれたり消えたりしているのはどうしてなのだろうか。
著者によると、アメリカ建国のころには政治的な規範はまだなかった。当時の2大政党、連邦党と共和民主党の間では激しい抗争があった。しかし数十年の戦いののちに、政治が職業化しプロの政治家の時代になると、お互いに相手を徹底的に攻めなくなり、規範が生まれたという。
しかし、規範は奴隷問題に関する対立で消えてしまった。奴隷廃止を唱える新政党の共和党と南部の農村に支持された民主党との間で妥協の余地はなかった。議会に暴力が侵入し、125件の暴力沙汰が起きたという。やがて起こった南北戦争により民主主義は完全に崩壊した。
南北戦争後、レコンストラクション(再建)の時代にも、共和党と民主党は黒人の公民権で争っていたが、「1877年の妥協」が成立した。共和党のヘイズが大統領になる一方、南部の黒人の権利については脇に置くことにしたのだ。この妥協により、共和党は南部の州で民主党の政策に文句を言わなくなった。民主党は遠慮なく南部で黒人に選挙権を与えない政策を取った。妥協の結果、黒人を排除して白人だけの政治が続き、その白人の世界の中で新しい規範が成立したのだ。
1929年に始まった大恐慌で、民主党はフランクリン・ルーズベルトのニューディール政策で党勢を回復し、リベラルの方向へ舵を切った。その結果、ニューディールに反対する民主党の保守派が共和党に移るようなことがあった。さらに決定的なことに、1964年、民主党のリンド・ジョンソン大統領が黒人に公民権を与える決定をした。これでリベラルは民主党へ、白人の保守は共和党へという流れが定着した。驚くべきことに、両党の黒人に対する対応は、南北戦争時代と真逆になってしまった。こんなことがあるだなんて信じられないことだが、実際に起きたことだ。民主党と共和党の地盤まですっかり逆転してしまった。民主党の地盤は北部になり、共和党は南部になった。
その後、増加する一方の移民は圧倒的に民主党支持で、マスコミも高学歴のリベラルだから民主党支持が多いので、白人保守派は共和党に結集するようになった。白人の人口割合は減少しているから、追い詰められているのは共和党のほうだ。こういう状況でニュート・ギングリッチが下院議員に当選し、民主党に対して妥協なき戦争を仕掛けていったわけだ。追い詰められている方が、過激な手段をとるということだ。
こうしてみると、アメリカにおいては建国以来、人種問題をどうするかで規範が生まれたり消えたりしていることが分かる。人種問題を脇において白人の間だけで政治をやっているときには規範が生じ、一方で人種問題が先鋭化しているときには、激しく争って規範が消えてしまうということだ。すると、アメリカでは白人以外の人種を含んだうえでの政治的な規範がまだ誕生したことがないのだ。
多数派だった勢力が追い詰められると、非常に危険な状況になる。世界史の中では多数派だったほうが闘いを経ずにその地位を明け渡した例がほとんどないと著者らはいう。最悪の場合には内戦となる。いちど人種問題で内戦を経験したアメリカが再び内戦状態になるとは考えにくいが、まったくあり得ない話ではない。
どうすればいいのだろうか。
著者はここで西ドイツの例をあげている。西ドイツでは第2次世界大戦後、保守派のCDUが独裁的な勢力を排除し、自由と寛容を受け入れ、多様性を作ることに成功した。これとおなじように、共和党も一部の白人至上主義者と決別し、多様性を受け入れる必要があるという。でないと、党勢は今後落ちる一方だ。新しい共和党を作る必要がある。
いっぽうで、著者らは、民主党に共和党が使うような過激な手法を捨てて、ルールにのっとった対応をするように求めている。民主党が同じことをすると、共和党にさらに強硬な手段を取らせる口実になり、対決がますます先鋭化するからだ。
こうしてみると、アメリカに新しい規範が生まれるにはまだまだ時間がかかりそうだ。アメリカ政治は不安定な時代が続くわけで、世界の民主主義勢力にとっては悪いニュースだ。
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以下にメモを残す。
独裁者たちに共通する4つの特徴
1.民主主義的ルールを拒否する。違憲となる行動も辞さない。
2.政治的な対立相手の正当性を拒否する。
3.暴力を許容、促進する。
4.対立相手(メディアを含む)の自由を奪おうとする。
民主主義を破壊する方法
1 審判を抱きこむ。
①司法制度、法執行機関、諜報機関、税務機関、規制機関などの職員を支持者と置き換える。
②裁判所を支配する。・判事を弾劾する。・判事を増やして味方を指名する。・裁判所を解体する会議を設ける。
2 対戦相手を欠場させる
①メディアの買収 ②ライバルの逮捕、訴訟、罰金 ③実業家を標的にして黙らせる ④文化人を抑圧
3 ルールを変える
①選挙区の変更 ②投票の制限
4 危機による強権の正当化 自ら危機を演出する場合もある
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