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魂は社会脳仮説で説明できる? 人類はなぜ<神>を生み出したのか、で考えたこと

人類はなぜ<神>を生み出したのか、の著者アスランは、人類は古くから人には肉体と魂があると信じてきた、という。魂があると考えるのは、民族などによらない人類の普遍的な発想なのだという。そしてなぜ魂というものを人間が信じるのか、アスラン自身は分からないという。

アスランはなんでも人格化してしてしまう人間の認知能力がそうさせているのではないかというが、それも含めて「社会脳仮説」で説明していいんじゃないかという気がするが、どうだろう。

社会脳仮説は、人間の脳がなぜこんなに進化したのかを、他人の意思を読み取ってそれに社会的に適切に対応するためだった、という仮説だ。

社会脳仮説が正しいとすると、そもそも人間の脳は、他人は自分とは異なる独立した精神を持っている、という仮定から発想していることになる。

そして社会脳は、その他人の精神がなにかどんな動機を持っていて、世界をどんなふうにとらえている傾向があるのかを考え、その人が物事にどう反応するか、どうしてそうするのか、などの推理をする。

このように人が肉体とは独立した精神構造を持っているならば、その人独自のその構造を何と呼べばいいだろうか。

それを魂と呼んでもいいだろう。

肉体とは別のものなら、死んだ後にも魂は残っているかもしれないと考えるのも、非常にあり得る話だろう。

魂とは、目には見えないが、その人の行動原理を担っている何かなのだ。たぶん、こうして魂は人類にとって普遍的な発想になったのではないか。

ところで、生物というのは、何かの特性を得ると、それをなんにでも転用する。だから社会脳が発達したら、それをあらゆる世界の理解に転用するだろう。

こうして、世の中のすべてのものは何か意思(=魂)があり、何かが起きた時、その裏には何者かの意思が働いていると考えるだろうことも理解できる。

山が噴火すれば山は怒っており、風で木の葉が揺れて音がすれば何かをささやいているということになる。人間と同じ精神を持ち、同じ働きをしていると考えるわけだ。もちろん、車のおもちゃを見ればヘッドライトは目になり、バンパーは口になるというように人格化、キャラクター化は無限に進む。

現象の裏になにか目に見えないものがあるのではないか、という発想は、やがてはそこに作用している抽象的な原理があるのではないか、と考えることに繋がるだろう。つまり、科学的な発想も、そもそもは社会脳の仕組みから始まったのではないかというのも、なんとなく納得ができる気がするんだが、どうでしょうか。

 


人類はなぜ〈神〉を生み出したのか? (文春e-book)

 

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