イザベラ・トゥリー 三木直子・訳 築地書館 2020.1.8
読書日:2020.3.28
イングランド南西部のクネップという土地を所有する貴族が農業に行き詰まり、農地を自然に戻す再野生化で生き延びようとすることで発見した様々なことを記した本。
なんとなく英国は自然をめでて、保全にも熱心な印象があったのだが、まったくそんなことはないということに一番びっくりした。ほとんどの人は農業にこだわり、昔からやっていることを続けることに頑迷で、あまり柔軟性がなさそうに思える。いっぽうで、イギリス人らしい周りを気にしないへんてこなことに夢中になる人も出てきて(蝶はもちろんネズミにも夢中な人なんかが出てくる)、なるほど、こんな感じの社会なんですね、イギリスって。
著者によると、イギリスが土地を隅々まで耕そうとする傾向が生まれたのは、第2次世界大戦のときだという。食料が輸入できなくなって、イギリスは食料を増産するためにこれまで農地でなかったところも農地にした。庭すらも農地に変えてしのいだ経験が強烈で、戦後も農業に対する優遇はそのまま残った。何もしない放牧地にしておくと税金が課せられるので、わざわざ農地に変えて耕すというというような話も出てくる。それに耕作を放棄して荒れ地にしておくと、その景観を嫌って苦情がくるというのだから、徹底している。こういうわけで、イギリスには自然のままの土地はほとんどないのだという。
クネップの土地も第2次世界大戦のときに農地になり、それを引き継いだ準男爵のチャーリー・バレル(著者の夫)は農業で利益を得ようと頑張ったが、そもそも生産性の低い土地で(だから第2次世界大戦までは、農業が行われていなかったのだろう)、生産性を高めることはできず、アイスクリームなどの事業もしていたが、大手に負けてしまい、農業をあきらめた。そこで次の事業として目を付けたのが、野生化(リワイルディング)事業だったのだ。
野生化といっても、基本的には何もしないのだから、大きな投資はしない。すると数年後には、農地だった時の肥料や農薬などの成分が抜け落ちて、そこにさまざまな植物や昆虫や鳥たちが戻ってきた。草を食べる動物が必要になり、ダマジカを連れてきた。
その後、オランダで再野生化に成功したオーストファールテルスプラッセンというところを参考にして動物を入れることにし、ウシ、ウマ、イノシシを放つ。このオランダのオーストファールテルスプラッセンというところはすごくて、都会のすぐそばにあり、通勤電車から見えるのだという。そうすると、動物が死んだりすると、何とかしろと連絡が来るんだとか。(野生化されているのだから、基本的に何もしない)。
知らなかったが、こういう動物たちがいると、草を食べるのはもちろん、土を掘り返したりして、植物の「萌芽更新」ということが行われ、これが生物の多様性を大いに増やすらしい。傷つけるものがいた方が自然は強くなるのだ。
こうしたことが行われると、低木が中心の植生になる。ヨーロッパでは自然というのは深い森だという固定観念があるみたいで、この固定観念が間違っていることをクネップの実験は示している。クネップが固定観念を崩した例は他にも多くある。そもそも何が正しいのかもなかなか合意は難しい。
他にも、敷地内を流れている川を、もとの氾濫する川に戻したりしている。面白いのはこのようにすると、これがバッファになり下流の洪水が起こりにくくなることで、堤防を作るよりもはるかに低コストで安全な川を維持できるのだという。また、水が浄化され、地下水の水位も上昇するという。近年のイギリスでは気候変動のせいで洪水が増えており、このような氾濫原を作り洪水を防ぐ安上がりな方法はクネップ以外にあちこちで行われているようだ。日本でも近年洪水がふえているが、都市部では無理でも、過疎地域の治水では堤防を作らずにわざと氾濫原を作る方がお金もかからず合理的なのかもしれない、という気がした。
なお、氾濫を起こすためには、現在は人が木で流れをふさいだりしているが、一番簡単なのはビーバーを入れることだそうだ。しかしビーバーを入れることには地域住民や自然保護団体との交渉などが必要で、いまのところ行われていない。
ビーバー以外でもいろいろ問題はある。いくつかの地区ごとに分断されている区画をつなぐ回廊として陸橋の建設をしたいが、その資金を得るための自然保護団体との交渉など、いろいろ面倒なことも多い。
周りの無理解もある。周辺の住民が犬を放し飼いの散歩をして、犬が動物を追いかけまわしたりするらしい。はたまた動物を狙って密猟が行われたりして、いろいろやっかいな問題もかなり起きているようだ。
事業としては増えすぎた動物を間引きしてその肉を売ったり(完全に自然のままの肉なので高く売れるみたいだ)、野生目当ての観光が有望そうだ。あまり儲かっているようには見えず、収支の帳尻が合っているのだろうか心配になるが、その辺については言及がなくて残念。
さて、日本も人口が減って農村が消滅していくことを考えると、このままでは何もしなくても野生化が起きてしまうのかもしれない。でも、放置した結果の再野生化ではなく、計画的な野生化というものを検討してもいいのではないか、という気がした。
最終的には著者らの関心は土壌に向かっている。ミミズや細菌で作られる土壌内のネットワークを豊かにすることが重要という認識である。
★★★★☆