ヘタレ投資家ヘタレイヤンの読書録

個人投資家目線の読書録

肩をすくめるアトラス

アイン ランド, 脇坂 あゆみ・訳、ビジネス社 2004
読書日:2017年04月23日


**** ネタバレあり。注意 ***


アイン・ランドの作品を読むのは「水源」以来だ。「水源」では、主に個人が問題だった。個人の自由や才能を押しつぶそうとする社会の中で個人がどのように生きていくかに焦点が当たっている。だが、本書で問題になるのは社会自身だ。個人の自由よりも公平さが優先される社会が構築されると、いったい何が起きるのかが語られる。

端的に結論を言うと、個人の知性や創意工夫、意欲などが全く評価されず、その成果が搾取されるような社会が誕生する。もちろんそんな社会はまったく持続可能ではなく、社会は文明以前の状態に崩壊してしまう。そんな様子が描かれている。

驚くのはその崩壊していくスピードだ。最初の崩壊の兆候は20世紀モーター社という企業で起こる。そして社会が崩壊するのは、それからたった12年後なのだ。何しろ舞台は資本主義の権化、科学技術がもっとも発達したアメリカである。いくらなんでも、こんなに短期間に崩壊してしまうということがあり得るだろうか。

だが、例えば、現在、ベネズエラという国が崩壊しつつある。ベネズエラ社会主義化してから19年である。意外に12年というのは的を得ているのかもしれない。

ベネズエラでは石油という資源に国民全体があぐらをかいて、個人の才能を伸ばす教育投資などはまったく行ってこなかった。国中が「たかり体質」になってしまったのだ。なにしろ世界最大の石油埋蔵量を誇っているのに、生産技術が維持できずに、石油を輸入しているのだ。まさしく「肩をすくめるアトラス」の現実化である。

しかし、社会主義や計画経済というのは目に見える社会の形でしかない。アイン・ランドの真骨頂はなにがこのような状況を生み出すのかという、人間の道徳の根源に迫ろうとしている点だ。アイン・ランドによれば、それはあるがままに現実を見る理性の軽視だ。そして理性ではなく、願望で世界を見る神秘主義がはびこったときに、崩壊が始まる。そして神秘主義者は、罪悪感に訴えて、能力ある個人の利益を搾取する。そんなに儲けて恥ずかしくないのか、という論調で。彼らの願いは全員が貧困になる、貧困による公平化なのだ。そして憎むのは知性と進歩だ。

人間の歴史を振り返ってみれば、個人の自由、才能を褒め称えるという傾向が出てくるのは、ほんの最近のことに過ぎない。たぶん、ここ数百年のことで、10万年程度の人類史のほぼすべての期間で「自由」よりも「公平性」の方が幅を利かせていたはずだ。しかも現代でも、個人の自由を最大限まで認めているのは、たぶんアメリカという国に限られているように思える。

物語の方に戻ろう。計画経済により崩壊していくアメリカの様子はリアリティたっぷりに語られるが、社会から搾取される側にされてしまった資本主義者(ビジネスマン)や知性を重んじる者たちがとった行動の方は、いまいちリアリティがない。

彼らはストライキを行う。その結果、頭脳を失った社会はますます崩壊の速度を速める。そればかりでなく、彼らが少しずつ消えていなくなる。彼らはどこへ行ったのか。コロラドの山の中の秘密の谷に集まって、自分たちのコロニーを作るのだ。そこでは未知のモーターによりエネルギーが供給され、空から発見されないように蜃気楼のカーテンを張り巡らす。彼らはそこで、社会が崩壊した後の世界を再建する準備をしているのだ。科学技術で守られたそこは、まるで、アイザック・アシモフファウンデーション・シリーズのようだ。そこでは産業の自由な活動を保証する新しい憲法まで準備されている。

それにしても、「水源」のときにも思ったことだが、アイン・ランドの「悪」の定義には脱帽だ。知性と進歩を憎む神秘主義者こそが悪なのだが、厄介なのは、彼らは権力欲のみは旺盛ではあるが、自分たちで富を独占したいとか豊かに暮らしたいとか、そういう願いはまったくないことだ。それどころか、彼らは自分が生きたいのか、生きる意欲を持っているのかも自分で確信がないのだ。ただただ、全員を道連れに滅んでいくことを目指す。これは、本当に最大の「悪」ではないだろうか。

小説としては理念先行で、物語が少々退屈なところが残念。理想に近い男が現れるたびに乗り換える主人公のダグニーについては、まあ、どう表現してよいやら(苦笑)。自分に正直と言うべきなんでしょうね。

 


肩をすくめるアトラス

肩をすくめるアトラス 第一部

肩をすくめるアトラス 第二部 二者択一

肩をすくめるアトラス 第三部 (AはAである)

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