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夢遊病者たち―第一次世界大戦はいかにして始まったか 1・2

クリストファー・クラーク (著), 小原 淳 (翻訳) みすず書房 (2017/1/26)
読書日:2019年9月7日

近年、第1次世界大戦に注目が集まっている。単純に勃発した1914年から100年たったからという意味もあるが、今日の世界情勢が第1次世界大戦の頃と酷似しているのではないか、という思いが皆にあるからである。

ではどの辺が似ているのかというと、国際情勢のグタグタ感である。

1990年代、冷戦が終わったときには、アメリカの1強になると思われ、それで世界は安定するのかと思われた。しかし現実はそうなっていない。中国、EU、ロシアなどあちこちで覇権争いが常態化し、今後もどこかが強力な覇権を握るというよりは、このグタグタが長期間続くのではないか思われる。

このグダグダ感は、日本では応仁の乱ブームを引き起こしているが、世界史でも、この第1次世界大戦にいたる国際情勢が注目を集めている、、、のではないか、とわしは思う。少なくとも、わしはそういう気持ちでこの本を読んだ。

では、どのへんが当時グタグタしていたのであろうか。単純に言えば、新たにドイツという新興国が勃興して、そのドイツにフランスが普仏戦争で負け、もうひとつの大国ロシアは日露戦争で負け、一方、消えゆく大国と言われていたオーストリア=ハンガリー帝国もまだ健在だった。そして当時世界の海上の覇権を握っていたイギリスは、フランスと協商関係を結びながら、大陸に対してどっちつかずの態度を示していた。さらに中東の大国だったオスマン帝国が後退し、空白となったバルカン半島で地域戦争が起こり、セルビアオーストリアに挑戦的な態度を見せ始めていた。

というわけで、新たに発生した国に、衰えていく国も混じって、圧倒的な国もなく、大陸の力関係はぐちゃぐちゃだったうえ、バルカンの半島情勢は不安定だった。

第1次世界大戦は、ドイツが負けたあと、ドイツが一方的に悪いということになっているが、この本で述べられた戦争に進む状況を振り返ると、そうではない。

ここで、中心的役割を果たしたのは、フランスである。普仏戦争に負けたフランスは、ドイツの強さを身に沁みて知ったから、次に戦うときのために、ロシアと手を結ぶ。西と東の両面からドイツを攻撃するためである。

そして、ドイツとの戦争がどのように起こるかも、フランスは正確に読んでいた。バルカン半島セルビアオーストリアの間で戦争が起こると、セルビアと同じスラブ民族であるロシアが出てくる。するとオーストリアと同盟関係にあるドイツが出てくる。すると、ロシアと同盟関係にあるフランスも出てくる。フランスと協商関係にあるイギリスも参戦するだろう、と。

フランスは戦争の発端もその後の展開も、正確に読み切っていたわけだ。ヨーロッパ全体が戦争になる可能性も分かっていたはずだ。

正確に読んでいたから、フランスは十分に準備をした。

フランスはロシアがすぐにドイツに向かって兵を送れるように鉄道を敷設する金を貸し与えている。これは当時の最大級の経済援助だった。そしてロシアはフランスの協力で急速に軍隊を充実させている。

ドイツも自分たちが東西の2正面作戦を強いられることを十分に分かっていた。そして、いまなら勝てる可能性があるが、この先フランス+ロシアの軍事力が自分たちを上回ってしまうことも理解していた。つまり、ちょうど、お互いの軍事バランスが逆になる転換点にあったのだ。ドイツ側にも、戦争するならいま、という意味で戦争をする動機があった。

恐ろしいことに、十分に準備していたからこそ、サラエボオーストリアの皇太子が暗殺され、フランスの読みどおりに実際にセルビアオーストリアの間で戦争の危機が発生したとき、各国は準備通りの行動をするしかなかったのである。

オーストリアセルビアとの戦争を決意したとき、ロシアはオーストリアを牽制するために国境に兵を動員するしかなかった。このとき、オーストリアだけを限定的に牽制する計画は存在せず、ドイツまでも含めて攻撃する動員計画しかなかった。そのため、非常に大量の軍隊が国境に向かった。国境に集まるロシア軍が自分たちを攻撃する軍隊を含んでいるのは明らかだったから、ドイツも兵を動員するしかなかった。ロシアを攻撃することはフランスを攻撃することと同じだから、ドイツは西にも兵を動員する。イギリスも中立国のベルギーにドイツ軍が入ると、フランスとともに戦うとしか言えなかった。

つまり、まるで信念を持ち準備していたからこそ、それが自己実現してしまった感があるのだ。フランスを含め、どの国も読めなかったのは、この戦争がどんなに悲惨で、長期に渡り、損失がいかに大きくなるかということだった。誰もがすぐに終わるとの幻想を抱いていたのである。(それが題名の「夢遊病者たち」の由来)。

さて、日本人がこの本を読んで、なにかためになることがあるだろうか。

わしはやはり、バルカン半島の情勢がいかに周囲の大国を巻き込み、ひさんな戦争を誘発したかということを考えざるを得なかった。もちろん、このときに頭に思い浮かべていたのは、朝鮮半島のことである。半島というのは特殊な地理条件で、こうした半島情勢に巻き込まれるのは危険だとしみじみ思った。

朝鮮半島は、以前述べたように、今後統一朝鮮が誕生する方向だ。そのときに、なにが起こるのだろうか。

日本は最悪に備えて準備は必要だ。だが、準備をしたために最悪の想定が自己実現してしまうことも避けなくてはいけない。とくに相手が核ミサイルを持ち、腹いせになにをするかわからない連中ならなおさらだ。

このようなグタグタ感が常態の世界では、なにが起こっても不思議ではないだろう。そのとき危機に立ち向かう日本政府が懸命であってほしいと願うばかりである。

★★★★☆

 


夢遊病者たち 1――第一次世界大戦はいかにして始まったか


夢遊病者たち 2――第一次世界大戦はいかにして始まったか

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