ヘタレ投資家ヘタレイヤンの読書録

個人投資家目線の読書録

穀物の世界史 小麦をめぐる大国の興亡

スコット・レイノルズ・ネルソン 訳・山崎由美 日本経済新聞 2023.10.13
読書日:2024.4.19

帝国は穀物の通る道にできる、というネルソンが、ロシアとアメリカの小麦の生産とがとくにヨーロッパに与えた影響を述べた本。

たぶんこの本が翻訳されたのは、ウクライナ戦争の影響だろう。原著が発売されたのは2021年で、ウクライナ戦争の直前だった。そして、ウクライナ戦争が起きたとき、多くの人がウクライナの小麦はどうなるのだろう、と心配した。実際、小麦の輸出が滞ってしまい、アフリカ諸国が食料の確保に悩んだことは記憶に新しい。

というわけで、この本はほとんどウクライナアメリカの小麦の話である。この本を読んで、ウクライナの小麦の存在感の大きさを実感した。ウクライナの小麦が19世紀ヨーロッパに与えた影響はとてつもなく大きい。

ヨーロッパにウクライナの小麦が輸出されるようになったのは、ロシアのエカチェリーナ2世の重農主義的な政策のおかげで(18世紀後半〜19世紀前半)、ロシアはオデーサ(オデッサ)という輸出用の新しい都市まで作ったのだ。大量の小麦がヨーロッパに輸出されるようになって、小麦を輸入した港湾都市の食料がどんどん安くなっていったのだという。この結果、田舎よりも港のそばの都会のほうが食費が安くなったのだそうだ。それで労働者もどんどん都市に集まるようになって、産業革命を後押ししたのだという。つまり、ロシアの安い小麦のおかげで、プロレタリアートという新しい階級が誕生したのだ。また、ロシアの安い小麦に押されて、ヨーロッパの農村の価値が下がり、地価が右肩下がりに下がっていったのだそうだ。(著者は『リカードパラドックス』と呼んでいる。リカードは19世紀の経済学者)。

ロシア産の小麦がヨーロッパにプロレタリアート層を作り、そのプロレタリアートが革命を起こすという物語を社会主義者たちが作り、ついにはロシアに革命を起こしたのだとしたら、なんとも皮肉な話である。

そして同時に、ロシアの不利な地理的条件も考えずにはいられない。ウクライナの小麦は黒海を通して輸出されるのだが、ボスポラス海峡で出入り口をトルコ(オスマン帝国)に押さえられてしまっており、厳しい状況なのだ。この制約を打破しようと、ロシアはなんどもこの海峡を制圧しようとするが、結局、失敗する。クリミア戦争もロシアの小麦に完全に支配されることを恐れたイギリスとフランスがトルコに付いて起きた戦争だった。

一方、アメリカの小麦が躍進したのには、鉄道と関係がある。鉄道が西進していくにつれて、鉄道会社は沿線の土地を売り出して、そこで小麦を作らせた。鉄道は融資も行い、物も販売した。小麦は鉄道で東の都市に運ばれ、帰りに生活雑貨などを積んで戻ってきた。小麦を販売してお金を手にいれた農家はとても良い消費者にもなったのだ。こうして鉄道会社は往復で儲けた。

鉄道と小麦の関係を強力に印象づけたのが、南北戦争だ。軍はつねに兵士の食料をどのように運ぶかという問題を抱えているが、南北戦争では北軍は鉄道を使って戦場まで小麦を運んだ。なお、このとき北軍は調達方法として、現代的な先物取引の方法を開発している。(受け渡し月数が決まっていて、一定の大きさに小口化された手形が売買された)。こうして先物取引の証券は本物の小麦と同一視されるようになる。

アメリカの小麦は鉄道を使って東海岸の港まで運ばれたので、低コストでヨーロッパに輸出された。また、ダイナマイトの発明で土木工事が簡単になり、水深の深い港が作られて、大きな船が接岸できるようになったことも大きかった。さらに先物取引の便利さも加わって、トルコに出口を押さえられてコストが下げられない黒海経由のロシア産小麦を圧倒し始めた。

ロシアも黒海経由ではない輸出ルートを模索して、オデーサから北に向かいバルト海のケーニヒスベルグ(ドイツ)に到達する路線を開設して、そこから輸出できるようにした。ただしウクライナの人々は貧しかったので、復路は空荷だったそうだ(笑)。またこの路線開設の資金を出したのは、フランスの人たちだったそうだ。

この方法がうまくいったので、ロシアはさらに列車を東に伸ばすことにする。シベリア鉄道だ。やはりフランスからのお金を頼りに、東に伸ばし、さらに中国の黄海に至る満州鉄道も建設して、東の不凍港も手に入れる。そのロシアの思惑を打ち砕いたのが、日露戦争の敗北で、シベリア鉄道の莫大な建設費を返すこともできずにロシアの鉄道事業は破綻してしまう。というか、ロシア自体が破産した。

ここから先は、著者のネルソンは、パルヴスというペンネームのロシア人の動きに焦点を当てる。この人物は共産主義者なのだが、オデーサの商人の出身で、穀物と帝国の関係について知り尽くしていて、穀物の側からロシアの革命を先導した人物だ。パルヴスは19世紀にヨーロッパ経済を分析して、アメリカの小麦が農業恐慌を引き起こした、と主張した。

彼は財務諸表を確認して、ロシアの鉄道事業が破産したことを明らかにして逮捕される。すぐにトルコに脱出して、トルコでは革命に協力して、穀物と武器を密輸して億万長者になるという、共産主義の革命家としてはいかがなものかということもしている。(そんなこともあって、ロシア革命が成功したあと、歴史の闇に葬りさられたらしい)。

第1次世界大戦が始まると、ロシア軍は軍のための小麦の価格を低価格に設定して調達する。残った小麦は、軍の低価格の埋め合わせに高価に設定されたため、小麦の価格が急騰した。この結果、小麦は市場に出回らなくなり(たぶん売り惜しみ)、都市の住民が生産地へいって小麦を調達しようとしたが、各県の知事が小麦の移動を禁止した。この結果ますます小麦がなくなり、パンの値段は10倍になったという。

パルヴスは、ロシアで革命が起きれば革命政府はドイツと停戦する、と言ってドイツ政府と交渉し、革命のための資金を捻出した。調達した資金はプロパガンダに投入した。廉価な新聞を大量に発行して、ついにロシア革命を起こすのである。

こうしてみると、どうもロシアという国は、ウクライナをうまく使っているときには発展するが、それがうまく行かなくなると危機に陥っているようにも見える。ウクライナ戦争を始めたのもそのせいなのだろうか。

国の活動の根幹をなしているのは食料とエネルギーの確保である。だが、エネルギーに比べて食料が注目を集めることは少ないように思える。たぶん、石油が世界の中で特定の地域に偏在しているので、より希少という感じがするのかもしれない。とくに石油が出ない日本にいると。

でも食料のほうが大切なのだろう。ヨーロッパは農業大国のように思っていたけど、こうしてみると、ヨーロッパもアメリカ産の小麦などに押され、食料自給率が低い時期が長くあったのだ。この本は第1次世界大戦で終わっているけど、第2次世界大戦後、ヨーロッパではゆっくり自給率が回復している。たぶん緑の革命保護主義のおかげだろうけど。

わしは、食料を工業的に生産できないのはなぜかと疑問に思っている。不可能ではないけど、きっと農業で生産したほうがまだまだぜんぜん安いということなんでしょうね。

著者の謝辞を読んでいて驚いたけど、著者のネルソンは、「反穀物の人類史」を書いたジェームズ・スコットと関係のある人なのでした。この世界も狭いねえ。

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★★★★☆

世界の取扱説明書 理解する/予測する/行動する/保護する

ジャック・アタリ 訳・林昌宏 プレジデント社 2023.10.17
読書日:2024.4.10

ジャック・アタリがその驚異的な知識により、2050年の世界の状況を予測し、読者の行動を求める本。

この本では2050年の世界について非常に多くのことが語られているが、大雑把にまとめると、次のようだ。2050年の世界は米国、中国ともに覇権を握れず、世界は中心のない世界になり、紛争が頻発し、非常に不安定になる。一方、地球の気候変動は待ったなしの状態になり、科学技術で人はさらに機械に近づく。危機を避けるためには一人ひとりの発想と行動を変えるしかない。

というふうにまとめると、なーんだ、よくある話じゃん、という感じになるけれど、やっぱり興味深いのはその結論に至るまでのアタリの思考のフレームワークだ。

アタリによれば、未来を予測する方法は歴史を深く理解する以外にない。歴史と言っても、人類学、民俗学、神学、社会学、政治、文化、経済、環境、金融、人口、哲学、科学、技術、等々の幅広い知識が必要だ。つまりは、なんというか、一般教養が最も大切ということになる。このようにしても未来はなかなか予測できないが、2050年ぐらいまでだったら歴史を理解することで予測できるという。

現代では経済学などの社会科学が発達しているが、経済学は疑似科学に過ぎず、これまで一度も普遍的な理論を生み出したことはないし、ましてや予測にはまったく使えないという。(未来を予測する仕事をしているはずの経済アナリストの皆さんは、きっと深くうなずくでしょう)。

アタリはまず、人類の歴史を大きな枠組みで捉えてみせる。

これまで人類には3つの秩序があったのだという。それは儀礼的秩序(人類発祥から8000年前まで)、帝国秩序(8000年前の都市国家ができてから11世紀までの農業と武力を中心とした世界)、商秩序(11世紀から現在まで、いわゆる資本主義)である。(これらの3つの時代が柄谷行人の「力と交換様式」の交換様式A,B,Cに対応していることが明らかだろう)。

資本主義の時代は終わり、次の文明に移ると唱える人も多くいるけれど、アタリは2050年においてもまだ商秩序が続いていることは間違いないという。では、その商秩序はどのような原理によって発展していくのだろうか。

アタリによれば、それはイノベーションなのだという。エネルギーとコミュニケーションにイノベーションが起こると、世界全体を変革する新しいビジネス形態が生まれる。そして、ここが大切なのだが、その形態を推し進める中心となる都市がただ1つだけ存在するのだという。なぜならば、その中心となる都市に人も金も権力もアイディアも集まってくるからだ。その中心となる都市は、非常に強力になり、他の都市を凌駕してしまう。

アタリはこの中心都市のことを「心臓」と呼ぶ。「心臓」が新しい「形態」を生む。「形態」は単にビジネスのことだけを表すのではなく、新しい考え方とか文化とかイデオロギーとかそういった幅広いものを含む、なにかまとまったものを指している。

「心臓」は非常に強力だから、それがどこにあるかがとてつもなく重要だ。そこが世界の中心になるのだから。これまで「心臓」は9つあったのだという。それを順番にあげていくと、
ブルッヘ(ブルージュ)→ヴェネツィアアントウェルペンアントワープ)→ジェノヴァアムステルダム→ロンドン→ボストン→ニューヨーク→ロサンゼルス(カリフォルニア)
となる。

現在、「心臓」はカリフォルニアにあり、そこを支えているイノベーションとはコンピューターである。カリフォルニアには世界中から人と金が集まっており、巨大なテック企業が世界を制覇している。カリフォルニアの発想や文化が世界を席巻している。

だが、さしものカリフォルニアにも衰えが見える。(参考:「新しい封建制がやってくる グローバル中流階級への警告)アタリは、2050年にカルフォルニアが引き続き心臓であるのは難しいと考える。そうなると、2050年に心臓はどこにあるのだろうか。

アタリは世界中に思いをめぐらして、心臓にふさわしいところを探していく。心臓にはふさわしい特徴があり、その条件を満たしている必要がある。

世間一般的には、そこは中国と考えられている。しかし、アタリは中国はその条件を満たしていないという。心臓は、世界中から人と金を集めるために開放的である必要がある。しかし中国は歴史的に自国中心主義(つまり中華思想)であり、現在も開放的ではない。

アメリカの別の都市の可能性もないではないが(たとえばテキサスが有力だそうだ)、アメリカの社会情勢からしてそれはなさそうだという。(アタリはアメリカに対する見方が厳しすぎるような気がするが、気のせいか?(笑))

米中のどちらも難しいのなら、他の国の都市はもっと候補としてふさわしくないから、結局2050年は心臓が存在しない世界ということになりそうだ。歴史的には、そのような時期もあったのだという。

中心がない世界というのは、権力的には覇権がない世界ということだ。このように国の力が決定的なものでないとすると、国を越えて活動しているグローバル企業が暴走する可能性があるという。たとえばグローバル企業は電子空間上に仮想の心臓を作ろうとするだという。だが、結局人々を無視するような行為が怒りを買って、失敗するそうだ。

では、次のイノベーションはどういうものになるのだろうか。アタリが見るところ、監視技術ということになるのだという。監視技術というと、中国がやっているような、国が国民を監視する技術のことを思い浮かべるかもしれないが、それだけではない。自分の健康や知識レベルを監視する「自己監視」が広く行われるというのだ。

アタリのいうには、技術というのはすべて人間のやることを代替するものなんだそうだ。それは仮想の話ではなく、現実の物として現れるという。では、「自己監視」というのは何の代替を表しているかというと、国が行っている「医療」や「教育」のような公共サービスを代替するものなのだ。国はもはやそれだけのコストを賄えないのである。だから、安い代替物が出回って、セルフでそれをやってもらおうという話なのだ。(教育が入っているには、2050年には一生自分への教育が必要になるから)。

なるほど、次世代に広がるイノベーションがこういうものだとすると、イノベーションの面からも次の心臓がどこか想像しにくい。

そして、この時代に急速に問題になるものが、すでに問題になっているが、気候問題だ。実際に海面が上がり始めて水没する所もできてきそうだ。さらには超紛争とアタリが呼ぶ、国境が大きく変動するような紛争が頻発するという。例えば、ロシアが分裂し、一部は中国に吸収されるようなことも起きるかもしれないという。そして人間の人工化がますます進む。人工化の中心は「自己監視」だ。

このような危機に対して、次の世代が生き残るために、すべての「死の経済」を「命の経済」にポジティブに転換しなくてはいけないという。難しくても、それしか方法がないという。もはやGDPは関係ないのだそうだ。

それが行われるのなら、本当に資本主義は終わるかもしれないけどねえ。

★★★★☆

参考:「2030年 ジャック・アタリの未来予測」について
この本では、2030年までに起こるかもしれない危機を列挙していて、実際にコロナのパンデミックウクライナ戦争が起きた。ウクライナ戦争では、戦争がどういうふうに起きてどんなふうに展開するかというところまで書かれているが、ほぼそのとおりの展開になり、世界を驚嘆させている。

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まあ、膨大な量の危機を列挙しているわけだから、そのうちいくつかが起きても不思議ではないという言い方もできるが、起きるかもしれないことをこれだけ多方面にわたってあげられるという事自体がすごいことで、ジャック・アタリはこれらの膨大な可能性が視野の中に入っているわけだ。

 

汝、星のごとく

凪良ゆう 講談社 2022.8.2
読書日:2024.4.4

(ネタバレあり。注意)

伝統的な家族観を破壊する作風の凪良ゆうが、地方と都会と恋人たちというベタなテーマの物語に、なかなかあり得ない家族構成を絡めることに挑戦した本。

凪良ゆうはたぶん普通の家族というものを疑っている。というか、信じていない。なので、彼女の小説の登場人物たちは普通の家族ではなく、他の人から見ると眉をひそめるような関係の家族を作る。それは拡張した家族とも言えるし、便宜的に家族の名を語ったたんなる共同体とも言える。

この本でそのような家族を作るのは交互に語られる恋人二人のうちの女性の方、井上暁海(あきみ)で、彼女が最後にたどり着く家族形態は家族の名を借りた互助会なんだそうだ。彼女が最終的に結婚した相手は高校時代の恩師の北原先生で、淡々と人生に起こる問題に対処しているような人だが、お互いに一人で人生を送るのがいやだから結婚をするんだという。だから二人は恋人というわけではなく、便宜的に結婚する。北原には亡くなった妻(これももと生徒)のあいだに娘がひとりいるし、さらに月に一度会いに行く別の女性もいる。しかも暁海も、結婚後にかつての恋人、青埜櫂(あおのかい)が病で倒れると、彼の世話をするために一緒に住んだりする。つまり、この家族は相手のことを縛るための家族ではない。

プロローグでいきなりこの特異な家族模様が描かれて、そこは田舎なのでみんなが噂をしていて、いったいこれは何なんだと、読者の興味を掻き立てるところから物語が始まる。こうして最終形態がまず描かれているのだから、ここまで読者を連れて行くのが作者の役目になる。これは凪良ゆうがよく使う手法だけど、いきなり読者の関心をつかむので、今回も効果的だ。

恋人となる青埜櫂と井上暁海が17歳のときから、交互にお互いの視点から物語は語られるが、この二人の家族自体がまず破綻している。二人が急速に接近するのは、似たような境遇にあるからである。この小説には普通の家族はまったく出てこない。凪良ゆうはたぶん、普通の家族を描くことができない。(ここでいう普通の家族とは、世間の規範を守って、それに満足しているような家族のこと)。二人が住んでいるのは瀬戸内海のしまなみ海道沿いの愛媛側の島のようだ。

この二人の話が展開するのだが、これが驚くほどベタな展開なのだ。田舎で将来を約束した恋人のうち、男が東京へ行き、女が残るが、都会と田舎の間で二人に乖離が生じる。男は都会で一時的に成功するが、些細なことで転落する。

とくにラストは、男がガンに倒れて、最期は故郷で花火を見ながらかつての恋人に抱かれて事切れるのだが、わしはこのラストの展開を選択することに、凪良ゆうは小説家としてなんの躊躇もなかったんだろうか、といぶかった。あまりにベタすぎるから。まあベタな展開だけに、読者は安心して物語に入っていけるだろうし、よく書けているから読者は楽しめるだろう。ラストでは泣けるかもしれない。

もしかしたら、凪良ゆうはベタな物語構成にいかに自分のテーマ、拡張された家族を組み込むことに挑戦したのかもしれない。そうすると、二人の視点から語られているにもかかわらず、メインとなるのは田舎で苦闘する井上暁海ということになる。実際、東京で漫画原作者として成功する青埜櫂の話は、へーそうですか、としか言いようのないものだ。この辺には急速に人気作家になった作者本人の経験が参考になっているんだろう。

自立心のない母親を抱えて苦闘するヤングケアラーの井上暁海を助けるのは、父親の不倫相手の林瞳子(とうこ)で、彼女が男に頼らない自立した生き方を教える。もうひとりの高校の化学教師の北原先生は、なにか問題があると倫理的な面は全く問わずに具体的にできることをするという飄々とした性格で、世間の常識にはまったくとらわれない。だから、北原先生が恋愛関係でない夫婦になって便宜的な家族を構成するという提案を暁海にしても、読者に納得させることに成功している。実際、この拡張家族を構成してから、暁海の人生はぐっと安定するのだ。

なるほどねえ。まあ、確かに、なにか新しいことを盛り込むには、その他の部分はベタにしておくのがいいのかもしれない。そうでなければ読者はついてこれないかもしれない。

題名の星というのは金星のことで、夕星(ゆうずつ)というあまり聞かない表現で何度も出てきます。凪良ゆうは、登場人物のネーミングを含めて、言葉の使い方がとてもうまい。

★★★★☆

 

レジリエンスの時代 再野生化する地球で、人類が生き抜くための大転換

ジェレミー・リフキン 訳・柴田裕之 集英社 2023.9.30
読書日:2024.4.8

限界費用ゼロ社会」で有名なリフキンが、進歩と成長が絶対だった文明が終わり、レジリエンスの時代が来る、と主張する本。

まあ、この手の本は多いわけですが(苦笑)、リフキンが書いたということで読んでみようかと思ったわけです。「限界費用ゼロ社会」はいろんな費用がどんどんゼロに近づき、3Dプリンターでどこでも製造業ができるという話で、当時としてはぶっ飛んだ発想でした。わしはおおいに唸ったものです。

というわけで読みましたが、いまいちでした。理念先行で、それに当てはまるように見える現象をかき集めて並べてみましたという感じですね。説得力がいまいちです。

まずリフキンは、効率一辺倒で突き進んできた工業の時代、GDPの時代が終わり、さらには資本主義も終わるといいます。効率をあげるためにどんどん機械を導入して、労働者の首を切ってきた時代は終わるというのですね。

ところがリフキンは、いま進んでいる別の効率化の方は称賛するんですね。

今後は第3次産業革命が進んで、情報のインターネットだけでなくエネルギーや物流のインターネット化も起きて、全てがスマートになるそうです。こちらの効率化は別に構わないようです(笑)。エネルギー産業や物流産業の労働者は職を失わないんでしょうか?

そして、時代の流れのキーワードは分散で、将来、人々は都会を離れて、続々と地方の自然の近くに移住するんだそうです。その根拠はアンケートを取ったら、半数以上が都会よりも田舎に住みたいと答えたから、というのですが、本当に田舎へ行きますかね? 

わしなんかは自然を守りたいのなら、田舎へ移住するよりも、すべての人間が都市に住んで、田舎を全部自然に返してしまえばいいんじゃないかという気がしますが。わしはリフキンとは逆に、都会がさらに増殖する方向に進むと思います。

分散は政治にも及んで、地域やコミュニティに権限が分散されて、幅広い人達が政治に参加するようになるんだそうです。それを「ピア政治(ピアオクラシーpeerocracy)」と名付けています。

わしが一番気に入らないのはこの辺ですね。わしは昔からルソーと性が合わないのですが、この辺、ルソー的な匂いがぷんぷんします。

わしがルソーが気に入らないのは、「一人ひとり」が平等になるためには「全員」の合意が必要だ、というところですね。「個人」と「全員」という、なんとも両極端なところでバランスを取らなくてはいけないところが、危うい。

まずそんな事はできないし、できたとしてもその合意が全員を縛って、なんとも居心地の悪い状況になりますし、最悪、それを実現するために絶対権力とか独裁とかが必要になるでしょ?

そういうのに比べると、デヴィッド・グレーバーのような、自由を中心した発想のほうがいいですね。つまり、そこが嫌になったら逃げ出せるということが担保されていてほしいんです。同じ平等でも、いつでも誰でもどこへでも逃げ出せる自由があるから、みんなが平等、というふうになってほしい。

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まあ、ともかく、リフキンの語るような未来はいろんな人が口にするけど、わしが思い描いている未来とは違うんですよ。

★★★☆☆

RISE ラグビー南ア初の黒人主将シヤ・コリシ自伝

シヤ・コリシ 訳・岩崎晋也 東洋館出版社
読書日:2024.4.2

ポートエリザベスのタウンシップ(黒人居住地)出身のシヤ・コリシが、食べるのにも苦労するような境遇からラグビーでチャンスを掴んで成功し、南ア代表チーム、スプリングボックスの主将に選ばれて、2019年ワールドカップで優勝するまでの自伝。

ラグビーが国民的スポーツである南アの代表チームの主将ということになると、単なる成功したスポーツエリートでは済まないのである。あまりにも影響が大きく、もはや南アの社会全体を代表し、国民を導くくらいの気概と高い精神性が求められるのは明らかなのだ。それは例えば、映画「インビクタス 負けざる者たち」に描かれている通りなのだ。

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というわけで、シヤ・コリシも成功していくに従って、自分を改造していく必要に迫られる。なので、この本は自伝ではあるが、まるで自己啓発書のようでもあり、ビジネス書のようでもある。

シヤは1991年6月にポートエリザベスのタウンシップ、ズウィデに生まれた。

タウンシップではケンカが絶えないし、男は酒を飲んで女に暴力を振るうし、仕事も少なく、結果として家庭を維持することは極めて困難である。シヤの家庭も崩壊してしまい、シヤはほぼ祖母に育てられるという状況だ。

祖母はガラス工場で働いていたが、首になると収入が減ってしまい、食事もままならなくなる。祖母はシヤの食事を優先して育ててくれたが、それでも飢えが最大の問題で、水を飲んで我慢する日も度々あったという。その祖母が亡くなると、叔母が育ててくれた。

そんな境遇でもシヤはラグビーに夢中になる。そこでシヤの将来を親身に考えてくれるコーチ・エリックと出会う。コーチ・エリックはグレイ校という名門で学ぶ奨学金の世話をしてくれたのだ。

グレイ校は寄宿学校で、軍隊式にすべての行動が分単位で決められて、そのとおりに生活しなくてはいけなかった。しかし、そんなことはどうということもなかった。何しろシヤは初めて飢えから解放されて、好きなだけ食べられたのだから。それに素晴らしいことに、グレイ校には800人の学生のうち黒人が50人いたが、黒人に対する深刻ないじめはなかったのだという。

興味深いのは、最初の1年は英語を覚えるのに費やされたことだ。シヤはコサ語を話していたのだ。なるほど、黒人がなかなか成功しないのには、そういう問題もあるわけだ。仲間たちが英語を覚えるのに協力してくれたという。

白人の友達の家に招待されることもあったが、そこで友達が親と議論しても殴られないことに衝撃を受けている。自分の故郷のタウンシップでは絶対に無理だと。

ラグビーの方は南アの高校代表に選ばれて、プロ契約もするなど順調に進んだ。しかし、父親がやっていたように酒を飲むようになる。その飲み方が凄まじくて、飲み始めると倒れるまで飲むのだ。飲酒の悪癖に悩まされる。もちろん、性的な誘惑も多い。

そんなときに知り合ったのが独特の存在感のある白人女性のレイチェルだった。2012年のことである。彼女はかなり過酷な人生を送り、自分の人生と闘っているような女性だった。なにより他の女性と違って、シヤがプロのラグビー選手であることをなんとも思っていなかったのだという。二人は恋に落ちる。二人の結婚は黒人と白人の双方から非難を受けたそうだが、これまで自分の道を進んできた二人には恋に落ちたことが全てで、ほかは関係なかった。

さらにレイチェルの影響で、シヤはキリスト教の洗礼を受ける。

こうしたことが転機になるのだが、それはすぐにではない。2019年の南ア代表のスプリングボックスの主将に任命されるまで、シヤの悪癖は続くのである。

主将になって、キャプテンとしての振る舞いやリーダーシップについて学び、そうする中でキリスト教のメンターとしてベン・スクーマンという人物をレイチェルから紹介され、「生活を変えるか、すべてを失うか」という状況に追い込まれて、自己変革を遂げたのである。

こう考えると、シヤが変わったのは、究極的には2019年のワールドカップでキャプテンとして全力を尽くすためで、そのためには何でもする、という気持ちがあったからだということがわかる。ラグビーが彼を救ったのだ。

そして、それは、もちろん2019年のワールドカップ優勝という結果に現れている。

ちなみに、シヤは2015年の日本ワールドカップにも出場している。その大会で、南アは日本に劇的な番狂わせで敗北している。これは本人にとってもよほど悔しくて衝撃的だったのか、この本でも数ページにわたって試合展開が詳細に述べられている。お返しに、2019年のワールドカップでは南アは日本をコテンパンにやっつけているのだが(笑)。

2020年、シヤはレイチェルとコリシ財団を作って、南アの発展に尽くしている。

まあ、とりあえず、この本で南アの現在位置は確認できたかな。異人種混合で世界で一番なんとかなっている国のひとつなので、こんごも注目していきたいです。

★★★☆☆

常識として知っておきたい裏社会

懲役太郎、草下シンヤ 彩図社 2022.4.21
読書日:2024.3.31

裏社会のことを語っている人気バーチャルYouTuberの懲役太郎と裏社会の本をいろいろ書いている草下シンヤが裏社会について語る対談形式の本。

ここでは反社会勢力として、ヤクザと半グレ、外国人マフィアが出てくるんだけど、やっぱり伝統的なヤクザの生態が興味深い。

ヤクザは、トップのことをオヤジ、オヤジの彼女のことをアネサン、先輩のことをアニキなどと呼び合って、擬似家族を形成している。そして、上の言う事は絶対で、オヤジが黒いカラスを白といえばそれは白になる。そして、このルールを守らないと報復(逆縁というらしい)される。

なぜこうなるのか?

懲役太郎の言うには、これは最終的には自分の身を守るためだという。

ヤクザの構成員は、他に行き場がなくてそこにたどり着いたものたちばかりである。そのような人間が集まって組織を統制するのは、最低限のルールが必要で、それが上を立てるということだという。そしてそれは自分の身を守ることにもなるという。ルールを破ったら、そいつはヤッてもいい、ということになるという。

この最初の部分を読んで、うーん、と考え込んでしまった。

これって、家父長制の起源について述べたデヴィッド・グレーバーの言う通りじゃないの? ゴッドファーザーのような映画を見ても、マフィアも疑似家族的だし、反社会的な組織は疑似家族を形成するという傾向があるらしい。

懲役太郎の言うには、これは武士の家族制度や養子をとる商人の家族を参考にしているということらしいので、ヤクザの疑似家族制度はもともとあった家族制度を採用したということなんだけど、人類史的な順番はどちらが先かは分かったものじゃない。

半グレはクラブ活動のノリの集団だそうで、結束力が弱い。組織として固定化していないので、警察も動きにくくて、その隙間を突いて成長した。

ヤクザのターゲットが会社などの企業や団体を相手にしているのに対して、半グレは弱い個人を対象にしているのだという。オレオレ詐欺や点検強盗(ガス点検を装って押し入る強盗)、AV、スカウト、出会い系サイトなどをやっている。個人として気をつけないといけないのは、ヤクザよりこっちの方かな。

ただし半グレの中でも結束力の強い、怒羅権や関東連合などはすでに準暴力団組織に指定されているそうだ。怒羅権は中国系で、中国という母体があり、結束力がある。仲間がやられるとすぐに集まって、ボコボコにするんだそうだ。こういう強いグループはブランド化していて、メンバーは怒羅権と名乗ることに誇りを持っているらしい。へー。

SNSなんかが発達した現代では、半グレよりも普通の子がやばいという。現代では見かけがちゃらちゃらしているのは本当は怖くなくて、警官からの職質を受けたことのないような普通の子供のようなのが怖いのだそうだ。

闇バイトでは、UD(詐欺の受け子(U)と出し子(D))などを集めるリクルーターという仕事があり、これをやっているのが普通の子供だという。スマホを使って、情報をつなぐだけなので、圧倒的に効率よく稼ぐことができるのだという。企業などを相手にするヤクザからしたら、異次元の稼ぎ方らしい。彼らは非常に冷めていて、裏社会で稼いでいるけど、将来本格的にアウトローになることはなさそうで、淡白な正確なんだけど、やることはえげつなくて、そのアンバランスが「ヤバい」んだそうだ。

薬物では、ヤクザが扱うのが圧倒的に覚せい剤(シャブ)で、それは扱いやすいからだそうです。大麻と違って長期保存が可能で、物価が安定しているのだという。

笑ったのは「宇宙戦争」の話で、シャブ中の人間が突然、宇宙戦争を始めちゃうのだという。夜中に突然みんなを叩き起こして、「攻めてくるから、みんな逃げろ!」と叫びだすのだという。シャブで幻聴が起きるのだけれど、幻聴だと気が付かずに宇宙人の交信と勘違いするんだそうだ。シャブを打つと声の高音が出るようになるんだそうで、芸能人がそのために使うこともあるんだそうだ。

コカインは生産国が中南米で、なかなか入ってこないから高くて扱いにくい。ヘロインもおなじだそうだ。一方、半グレ系はパリピだから大麻、コカイン、LSD、MDMAが流行っている。カルチャーが少し違うのだという。

警察や刑務所の話も出てくるけど、心に刺さったのはヤクザの子どもの話かな。ここでは、実際にヤクザの子供が出てきて、18歳のときにオヤジが殺されて、突然ライフラインが途絶えて大学進学もできず、そのうち妹も自死してしまい、心が無になって、未公開株や社債詐欺まがいのことをやって儲けたけど、子供ができたので真っ当な仕事をすることにして、いまは宅建の資格を取って不動産業をしているんだそうだ。

懲役さんのユーチューブは人気だそうだけど、まあ、こんな話はなかなか聞けないから、需要はあるよね。

★★★★☆

デジタル奴隷、あるいはデジタルコインマー

普段から、自分のプライバシー情報がどんどんグーグルに吸い取られているのを自覚していて、明らかにデジタル奴隷状態です。たとえば、わしは現在位置を常にグーグルに報告していて、いつどこにいたのかをグーグルは知っています。ときどき、初めてこの店に入ったなあ、と思っていると、前回何年前にこの店に来ました、とグーグルに教えられて愕然としたりします(笑)。

まあ、それでもいい。おかげでわしは過去の自分がどこにいたかのデータを得ることができるのだから。わしは特定の日の行動をマップ上に描くことができるから、常にアリバイが証明できる。(アリバイを証明しなくてはいけない目に会うかことがあるのか?(笑))

さて、最近あまりにTikTok Liteの広告がスマホに流れるので、ちょっとやってみようと思って、インストールしました。知っている人も多いかとは思いますが、TikTok Liteは動画を見ていると、お金がもらえるというサービスです。

やってみると、その日のうちに獲得金額が200円以上になりました。わしは疑り深いので(笑)、楽天ポイントに振り替えてみて、次の日に楽天ポイントに200円分が振り込まれて、やっと本当なんだな、と納得しました。

いまのところ毎日130円くらい稼いでいるわけですが、1ヶ月数千円となると、結構大きな金額です。わしの一ヶ月のカフェ代くらいは捻出できてしまうわけだから。

こういうことなら、きっとたくさんのIDを作って、一日中TikTok Liteをやって生活している人もいるんだろうな、と思いました。なにしろ自動スクロールで動画を流しているだけで、本当に見ている必要がないんだから簡単です。(でもよく広告のところで止まってるけど)

というわけで、毎日TikTok Liteで小銭を稼いで、つまりいいように使われて、ますますデジタル奴隷となっているわけ。

TikTok Liteは広告動画の収益をユーザーに還元しているのだと思いますが、それにしても還元率が高すぎるような気がします。赤字なんじゃないかな? ペイペイが最初に億円単位でポイントをばらまいて、利用者を増やしたように、いまは赤字覚悟のマーケティングなのかもしれない。まあ、TikTokを経営しているバイトダンスがこの程度で潰れるはずがないから、別に気にする必要はないんですが。

しかし困ったのは、いくら自動スクロールで流していると言っても(いまも横で流れているんですが)、ときどき気になってつい動画を見ると、そのままその動画に見入っちゃうんですね。

だめじゃん。バイトダンスの思惑にすっかりはまってしまっている。ちなみに大食いと料理に関する動画がやたら多いです。たぶん最初に入力した好みに料理をいれたからでしょう。

TikTok Liteもそのうち還元が減っていくんじゃないかと思いますが、そうなるときっと見なくなるでしょう。ぺいぺいみたいに。ペイペイはいまではぜんぜんお得じゃなくなったので、使わなくなりました。なにしろ普段使っているスーパーはオーケーと業務スーパーが多くてどちらも現金決済ですし、ときどき使うコンビニも優待でもらったQUOカードを使うことが多いですからね。いまではペイペイはほぼ固定資産税の支払いのみの使用となっています。(やっぱり税金をカードで支払えるのが大きい。ポイントも付くし。)

ところで、わしは健康のため、1日5000歩以上歩くようにしていて、歩数に応じた各種ポイントが貯まるようにしています。しかも散歩コースは、楽天チェックインできて楽天ポイントが貯まるところを網羅するように設定していて、ポイントを集めながら歩いている(笑)。こうして毎日少しずつポイントが貯まるようにしている。

電車に乗ると、やっぱりJRE(JR東日本)アプリのチェックイン機能で、毎回数ポイント稼いでいる。近頃は、仕事の半分は在宅勤務になり、会社は定期券の代金を支払わなくなり、交通費は実際に出社したぶんだけ支払うように会社のシステムが変わった。でもJREは月に10回以上同じ区間を利用すると、その分の10%を還元してくれる。わしの場合、毎月千円くらい返ってくる。(このサービスを利用していない人が多いのに驚く)。

こうしてこつこつ小さなお金を集めているのだが、そんな自分を見ていると、なんといいますか、自分はとてもコインマーに似ていると思うのです。コインマーとは「正義のシンボル コンドールマン」という昔の子供向けテレビドラマに出てくる怪人のことです。コンドールマンが戦っている敵は、資本主義の強欲が実体化したような者たちで、人々を苦しめて大金を稼ごうとするのですが、コインマーは大金には目もくれず、小銭を集めることが至福の変な怪人です。

わしもねえ、何百万円儲かったとか損したというのが、どうもピンとこないんですよ。でも十円得したとか損したとかいうのに、とても敏感なんですね(苦笑)。

まあ、スマホで小さなポイントをせっせと集めているわしは、デジタルコインマーと言ってもいいでしょう。デジタル奴隷というと高尚すぎてピンときませんが、デジタルコインマーはとてもピンときます(笑)。

(追記:その後、1日に得られるお金は50円ほどに下がりました。)

コインマー@コンドールマン、コインのネクタイがいいね(笑)

 

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